第3話 オフサイト・モニタリング(その1)
文字数 2,003文字
(3)オフサイト・モニタリング
俺はセレナ銀行に実地調査に入る前に、ジャービス中央銀行が実施した考査の情報を入手することにした。ジャービス中央銀行は取引金融機関の調査(考査)を定期的に実施しているから、その結果を知ることができればセレナ銀行の状況をより理解できると考えたからだ。
スミスがジャービス中央銀行の総裁アドルフに連絡したら直ぐに対応してくれることになった。チャールズ(第二王子)からもアドルフに連絡してもらっていたから、俺たちの依頼はスムーズだった。
俺、ルイーズ、スミスとポールは、その日のうちにジャービス中央銀行に訪問した。
会議室に案内された俺たちは、アドルフから部下のダビドを紹介された。
念のために説明しておくと、俺たち内部調査部(会社名としてはi6)とジャービス中央銀行は、債券貸借取引で額面3,000億JDのジャービス国債を貸し借りしている仲だ。正確に言うと、俺たちがジャービス国債をジャービス中央銀行から借りている。
債券貸借取引をする場合、普通は現金担保付債券貸借取引(レポ取引)という現金担保の取引となるのだが、俺たちはジャービス中央銀行から無担保でジャービス国債を借りている。
この債券貸借取引はチャールズが強引にねじ込んだのだが、それもあってアドルフは俺のことを警戒している。
※詳しくは『第7回活動報告:通貨危機を回避しろ』をご覧下さい。
俺は会議をスタートさせようとしたが、念のためにアドルフの誤解(懸念?)を解いておく必要があると考えた。
だから、俺は今回の訪問の趣旨をアドルフとダビドに説明することにした。
「初めに言っておきますが、今回は国債を貸してほしいとか無茶な依頼をしに来た訳ではありません」
「本当ですね?」
アドルフは真顔で俺に聞いた。
―― 圧が凄い・・・
俺はジャービス中央銀行の内部事情は知らないが、無担保でジャービス国債を貸しているのは問題になっているのだろう。
俺は、アドルフには本当に申し訳ないことをしたと思っている。
でも、無担保の債券貸借取引をねじ込んだのはチャールズだから、『恨むんだったらチャールズを恨んでほしい』と内心思っている。
「本当ですよ。今回は純粋な銀行の調査です。チャールズから『内務省が手一杯だからセレナ銀行の調査を手伝ってほしい』と頼まれました。何度か断ったのですが、しつこく言ってくるので仕方なく調査を手伝うことになったんです」
「本当に調査だけですか?」アドルフは俺に質問した。
「本当に調査だけです・・・」
「調査と言いながら、本当は別のことで来ているとか?」
「違うって・・・」
<中略>
「それであれば・・・」
アドルフは半信半疑ではあるものの警戒感を少し緩めたようだ。
「それで、セレナ銀行の件ですが、お願いしていた考査の結果資料はありますか?」と俺はアドルフに聞いた。
「ええ、考査の結果資料はこちらです」
アドルフはそう言うと、ダビドに俺たちに資料を配るように指示した。
配り終えたダビドは、念のために配った資料の説明を俺たちにしてくれた。
「ジャービス中央銀行では取引金融機関に対して、考査という名目で定期的に金融機関の健全性等を調査しています。今回配った資料は1年前に実施した立入検査(オンサイト・モニタリング)の際の資料と、それとは別に随時実施しているオフサイト・モニタリングの資料を入れてあります」
「オフサイト・モニタリングの資料?」
「そうです。オフサイト・モニタリングの資料を入れたのは、セレナ銀行の資産・負債の規模が1年前と乖離があるためです。現状に近いセレナ銀行の財務状況を見てもらった方がいいでしょうから」
「そういうことですね。お気遣いありがとうございます」
俺はそう言うと配られた資料に目を通した。
まず、貸借対照表(図表8-14)はセレナ銀行が一般公開している決算書よりも時点が新しいようだ。ジャービス中央銀行が用意した資料の方が、セレナ銀行の現状に近い数値だろう。
【図表8-14:セレナ銀行の貸借対照表(単位:10億JD)】
※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。
セレナ銀行の資産・負債の規模は俺たちが事前に見た決算書の数値よりも増加しているが、資金調達の約90%は預金であることは変わっていない。会計上の自己資本比率(純資産÷総資産)は5%だから、銀行業として極端に低いわけではない。
セレナ銀行の運用は有価証券が50%、貸出金30%のようだ。
一般的な銀行と比べると有価証券運用の比率が高い。銀行は預貸率(貸出金÷(預金+譲渡性預金))を高める努力をしているから(セレナ銀行の預貸率は33%)、普通は有価証券よりも貸出金の比率の方が高い。
預金で調達した資金を貸出金で運用できなかったから、手っ取り早く有価証券で運用しようとしたのだろう。
<続く>
俺はセレナ銀行に実地調査に入る前に、ジャービス中央銀行が実施した考査の情報を入手することにした。ジャービス中央銀行は取引金融機関の調査(考査)を定期的に実施しているから、その結果を知ることができればセレナ銀行の状況をより理解できると考えたからだ。
スミスがジャービス中央銀行の総裁アドルフに連絡したら直ぐに対応してくれることになった。チャールズ(第二王子)からもアドルフに連絡してもらっていたから、俺たちの依頼はスムーズだった。
俺、ルイーズ、スミスとポールは、その日のうちにジャービス中央銀行に訪問した。
会議室に案内された俺たちは、アドルフから部下のダビドを紹介された。
念のために説明しておくと、俺たち内部調査部(会社名としてはi6)とジャービス中央銀行は、債券貸借取引で額面3,000億JDのジャービス国債を貸し借りしている仲だ。正確に言うと、俺たちがジャービス国債をジャービス中央銀行から借りている。
債券貸借取引をする場合、普通は現金担保付債券貸借取引(レポ取引)という現金担保の取引となるのだが、俺たちはジャービス中央銀行から無担保でジャービス国債を借りている。
この債券貸借取引はチャールズが強引にねじ込んだのだが、それもあってアドルフは俺のことを警戒している。
※詳しくは『第7回活動報告:通貨危機を回避しろ』をご覧下さい。
俺は会議をスタートさせようとしたが、念のためにアドルフの誤解(懸念?)を解いておく必要があると考えた。
だから、俺は今回の訪問の趣旨をアドルフとダビドに説明することにした。
「初めに言っておきますが、今回は国債を貸してほしいとか無茶な依頼をしに来た訳ではありません」
「本当ですね?」
アドルフは真顔で俺に聞いた。
―― 圧が凄い・・・
俺はジャービス中央銀行の内部事情は知らないが、無担保でジャービス国債を貸しているのは問題になっているのだろう。
俺は、アドルフには本当に申し訳ないことをしたと思っている。
でも、無担保の債券貸借取引をねじ込んだのはチャールズだから、『恨むんだったらチャールズを恨んでほしい』と内心思っている。
「本当ですよ。今回は純粋な銀行の調査です。チャールズから『内務省が手一杯だからセレナ銀行の調査を手伝ってほしい』と頼まれました。何度か断ったのですが、しつこく言ってくるので仕方なく調査を手伝うことになったんです」
「本当に調査だけですか?」アドルフは俺に質問した。
「本当に調査だけです・・・」
「調査と言いながら、本当は別のことで来ているとか?」
「違うって・・・」
<中略>
「それであれば・・・」
アドルフは半信半疑ではあるものの警戒感を少し緩めたようだ。
「それで、セレナ銀行の件ですが、お願いしていた考査の結果資料はありますか?」と俺はアドルフに聞いた。
「ええ、考査の結果資料はこちらです」
アドルフはそう言うと、ダビドに俺たちに資料を配るように指示した。
配り終えたダビドは、念のために配った資料の説明を俺たちにしてくれた。
「ジャービス中央銀行では取引金融機関に対して、考査という名目で定期的に金融機関の健全性等を調査しています。今回配った資料は1年前に実施した立入検査(オンサイト・モニタリング)の際の資料と、それとは別に随時実施しているオフサイト・モニタリングの資料を入れてあります」
「オフサイト・モニタリングの資料?」
「そうです。オフサイト・モニタリングの資料を入れたのは、セレナ銀行の資産・負債の規模が1年前と乖離があるためです。現状に近いセレナ銀行の財務状況を見てもらった方がいいでしょうから」
「そういうことですね。お気遣いありがとうございます」
俺はそう言うと配られた資料に目を通した。
まず、貸借対照表(図表8-14)はセレナ銀行が一般公開している決算書よりも時点が新しいようだ。ジャービス中央銀行が用意した資料の方が、セレナ銀行の現状に近い数値だろう。
【図表8-14:セレナ銀行の貸借対照表(単位:10億JD)】
※JD(ジャービス・ドル)はジャービス王国の法定通貨です。1JD=1円と考えて下さい。
セレナ銀行の資産・負債の規模は俺たちが事前に見た決算書の数値よりも増加しているが、資金調達の約90%は預金であることは変わっていない。会計上の自己資本比率(純資産÷総資産)は5%だから、銀行業として極端に低いわけではない。
セレナ銀行の運用は有価証券が50%、貸出金30%のようだ。
一般的な銀行と比べると有価証券運用の比率が高い。銀行は預貸率(貸出金÷(預金+譲渡性預金))を高める努力をしているから(セレナ銀行の預貸率は33%)、普通は有価証券よりも貸出金の比率の方が高い。
預金で調達した資金を貸出金で運用できなかったから、手っ取り早く有価証券で運用しようとしたのだろう。
<続く>