第8話 民事再生
文字数 2,536文字
(8) 民事再生
暗号資産の調査が行き詰まってきたので、俺たちは暗号資産交換業者から情報を入手しつつ次の案件を探している。
最近、内部告発ホットラインに届く情報提供は、俺たちに『個人的な恨みを晴らしてほしいのか?』と思うものが増えてきている。
内部告発と言っているのに。
困ったものだ・・・。
俺が総務省の別室で会議をしていると、ロイが慌てて部屋に入ってきた。
何かあったようだ。
場所を変えた方が良さそうだったから、俺は会議室を退室して内部調査部に移動した。
「どうしたの? そんなに急いで」と俺はロイに聞いた。
ロイは歩きながら俺に状況を説明する。
「大変なんです。ジャービット・エクスチェンジが民事再生法の適用を申請しました」
「え? 大丈夫って言ってなかった? それで状況は?」
「会社に債権者が殺到しているようです」
「あー。やっぱり、そうなったか。」
俺のリアクションは薄い。特に驚いてはいない。
ジャービット・エクスチェンジは資金が潤沢にあるわけではないから、俺は倒産する可能性もあると思っていた。
「民事再生か・・・。ということは、どこかスポンサーがいるのかな?」と俺はロイに聞いた。
「スポンサーはいないようです。これから、FA(Financial Advisor:財務アドバイザー)が投資家に打診すると言っていました」
「プレパッケージ(事前にスポンサーを確保しておく方法)じゃないんだ・・・。スポンサーがいないと裁判所が認可しないんじゃないの?」
「それを私に聞かれても困りますよー」とロイは言った。
「そりゃそうだね。XFTの破産で投資家は慎重になっている。今はどこも暗号資産交換業者に関わりたくないだろうな」
「そうですね」
「スポンサー探しは難航すると思うよ。スポンサーが見つからないと、裁判所に民事再生法の申請を認可されないだろう。そうすると、破産手続に移行するかもなー」
俺がロイと話をしていたらルイーズがやってきた。
「民事再生のスポンサーとして手を上げてみるのはどうかな?」
「え? うちがスポンサーするの?」
「チャールズが暗号資産交換業者を探してるんだし、検討してもいいんじゃないかな? それに、ジャービット・エクスチェンジのデューデリ(デューデリジェンス(Due Diligence)の略称。資産査定のこと)をして難しそうだったら降りればいいじゃない」
呑気に言ってくれる。
もし、他にスポンサー候補が出てこなかったらどうするつもりだ?
ジャービット・エクスチェンジに泣きつかれたら断りにくいじゃないか・・・。
俺が不安を感じているのを察したのか、ルイーズが言った。
「i5とか適当に作って入札すればいいじゃない。ジャービット・エクスチェンジには総務省も内部調査部も名前は出ないから、大丈夫だよ」
「へー」
俺はこの話(スポンサー)に興味を惹かれない。
「それに、私はジャービット・エクスチェンジに訪問していないから面バレしてない。だから、社長してもいいよ。どう?」
いま俺は理解した。
― コイツは社長手当が目的だ!
説明すると、内部調査部では、関連会社の社長に就任すると毎月5万JDの社長手当が支給される。
月5万JDは大金ではないが、ボーナスが定額の公務員としては嬉しい金額だ。
内部調査部では、今までの案件(i2、i3、i4)でミゲル、ポール、ガブリエルが社長手当を支給されている。
だから、ルイーズは社長に就任して社長手当を狙っているのだ。
俺がどう返答しようか困っているとルイーズがボソッと言った。
「できちゃったの・・・」
― え? 何を言い出すんだ?
固まる俺。
静まりかえる内部調査部。
みんな息をひそめて俺とルイーズを見ている。
多分、いろんな妄想がメンバーの頭の中を駆け巡っているのだろう。
でも、俺には身に覚えがない。
そもそも俺とルイーズはそういう関係ではない。
俺は慎重にルイーズの真意を確かめることにした。
「えーっと、何ができたの?」
「i5ができちゃったの・・・」
「え?」
「だから、こういうこともあると思ってi5を作っておいたのよ」
「そう・・・」と俺は呟いた。
我に返る俺。
『そう』じゃない。
こいつは何を言ってるんだろう?
「i5もあるし・・・、ジャービット・エクスチェンジに連絡してみようよ!」とルイーズは言った。
こうなると、コイツは誰の言うことを聞かない。
誰に何を言われても社長に就任することに取りつかれている。
俺は早々にルイーズを説得するのを諦めた。
まあ、検討してダメだったら断ればいい。
やらせてみるか・・・。
「みんな集合!」と俺はメンバーに言った。
気配を消して空気になっていた内部調査部のメンバー。
半笑いで俺のところに集まってきた。
「この中でジャービット・エクスチェンジに面バレしていないのは、ミゲル、ロイとポールだよね?
「そうです」とスミスが答えた。
「じゃあ、ロイとポールは、ルイーズと一緒にこの案件を検討してほしい。それに暗号資産は今後どうなるか分からないから、デューデリは慎重に実施しないといけない」
「XFTの件もありましたから、簿外債務(帳簿に記録されていない隠れた負債)に注意しないといけませんね」とスミスが言った。
「そうだ。だから、デューデリは大手のデトロイト監査法人に依頼しようと思う。パートナーのトーマスにはこちらから連絡しておくから、ジャービット・エクスチェンジのデューデリに一緒に行ってほしい」
「分かった」
ルイーズはそう言うと、早速ジャービット・エクスチェンジに電話を掛け始めた。
― 会社に電話したらダメだ!
ルイーズの暴走をうっかり見過ごすところだった。
俺はルイーズが会社に電話するのを留めた。
「ルイーズ、ちょっと待った! 会社に電話したらダメだよ。申請代理人の弁護士に電話しないと。会社のホームページに連絡先が出ているはずだから、弁護士に電話して」
「分かったわよ・・・」出鼻をくじかれたルイーズは、イライラしながら吐き捨てた。
こうして、俺たちはなぜかジャービット・エクスチェンジのスポンサー候補となった。
内部調査部は必要のない仕事を増やしていく傾向がある。
いつものことだが・・・
暗号資産の調査が行き詰まってきたので、俺たちは暗号資産交換業者から情報を入手しつつ次の案件を探している。
最近、内部告発ホットラインに届く情報提供は、俺たちに『個人的な恨みを晴らしてほしいのか?』と思うものが増えてきている。
内部告発と言っているのに。
困ったものだ・・・。
俺が総務省の別室で会議をしていると、ロイが慌てて部屋に入ってきた。
何かあったようだ。
場所を変えた方が良さそうだったから、俺は会議室を退室して内部調査部に移動した。
「どうしたの? そんなに急いで」と俺はロイに聞いた。
ロイは歩きながら俺に状況を説明する。
「大変なんです。ジャービット・エクスチェンジが民事再生法の適用を申請しました」
「え? 大丈夫って言ってなかった? それで状況は?」
「会社に債権者が殺到しているようです」
「あー。やっぱり、そうなったか。」
俺のリアクションは薄い。特に驚いてはいない。
ジャービット・エクスチェンジは資金が潤沢にあるわけではないから、俺は倒産する可能性もあると思っていた。
「民事再生か・・・。ということは、どこかスポンサーがいるのかな?」と俺はロイに聞いた。
「スポンサーはいないようです。これから、FA(Financial Advisor:財務アドバイザー)が投資家に打診すると言っていました」
「プレパッケージ(事前にスポンサーを確保しておく方法)じゃないんだ・・・。スポンサーがいないと裁判所が認可しないんじゃないの?」
「それを私に聞かれても困りますよー」とロイは言った。
「そりゃそうだね。XFTの破産で投資家は慎重になっている。今はどこも暗号資産交換業者に関わりたくないだろうな」
「そうですね」
「スポンサー探しは難航すると思うよ。スポンサーが見つからないと、裁判所に民事再生法の申請を認可されないだろう。そうすると、破産手続に移行するかもなー」
俺がロイと話をしていたらルイーズがやってきた。
「民事再生のスポンサーとして手を上げてみるのはどうかな?」
「え? うちがスポンサーするの?」
「チャールズが暗号資産交換業者を探してるんだし、検討してもいいんじゃないかな? それに、ジャービット・エクスチェンジのデューデリ(デューデリジェンス(Due Diligence)の略称。資産査定のこと)をして難しそうだったら降りればいいじゃない」
呑気に言ってくれる。
もし、他にスポンサー候補が出てこなかったらどうするつもりだ?
ジャービット・エクスチェンジに泣きつかれたら断りにくいじゃないか・・・。
俺が不安を感じているのを察したのか、ルイーズが言った。
「i5とか適当に作って入札すればいいじゃない。ジャービット・エクスチェンジには総務省も内部調査部も名前は出ないから、大丈夫だよ」
「へー」
俺はこの話(スポンサー)に興味を惹かれない。
「それに、私はジャービット・エクスチェンジに訪問していないから面バレしてない。だから、社長してもいいよ。どう?」
いま俺は理解した。
― コイツは社長手当が目的だ!
説明すると、内部調査部では、関連会社の社長に就任すると毎月5万JDの社長手当が支給される。
月5万JDは大金ではないが、ボーナスが定額の公務員としては嬉しい金額だ。
内部調査部では、今までの案件(i2、i3、i4)でミゲル、ポール、ガブリエルが社長手当を支給されている。
だから、ルイーズは社長に就任して社長手当を狙っているのだ。
俺がどう返答しようか困っているとルイーズがボソッと言った。
「できちゃったの・・・」
― え? 何を言い出すんだ?
固まる俺。
静まりかえる内部調査部。
みんな息をひそめて俺とルイーズを見ている。
多分、いろんな妄想がメンバーの頭の中を駆け巡っているのだろう。
でも、俺には身に覚えがない。
そもそも俺とルイーズはそういう関係ではない。
俺は慎重にルイーズの真意を確かめることにした。
「えーっと、何ができたの?」
「i5ができちゃったの・・・」
「え?」
「だから、こういうこともあると思ってi5を作っておいたのよ」
「そう・・・」と俺は呟いた。
我に返る俺。
『そう』じゃない。
こいつは何を言ってるんだろう?
「i5もあるし・・・、ジャービット・エクスチェンジに連絡してみようよ!」とルイーズは言った。
こうなると、コイツは誰の言うことを聞かない。
誰に何を言われても社長に就任することに取りつかれている。
俺は早々にルイーズを説得するのを諦めた。
まあ、検討してダメだったら断ればいい。
やらせてみるか・・・。
「みんな集合!」と俺はメンバーに言った。
気配を消して空気になっていた内部調査部のメンバー。
半笑いで俺のところに集まってきた。
「この中でジャービット・エクスチェンジに面バレしていないのは、ミゲル、ロイとポールだよね?
「そうです」とスミスが答えた。
「じゃあ、ロイとポールは、ルイーズと一緒にこの案件を検討してほしい。それに暗号資産は今後どうなるか分からないから、デューデリは慎重に実施しないといけない」
「XFTの件もありましたから、簿外債務(帳簿に記録されていない隠れた負債)に注意しないといけませんね」とスミスが言った。
「そうだ。だから、デューデリは大手のデトロイト監査法人に依頼しようと思う。パートナーのトーマスにはこちらから連絡しておくから、ジャービット・エクスチェンジのデューデリに一緒に行ってほしい」
「分かった」
ルイーズはそう言うと、早速ジャービット・エクスチェンジに電話を掛け始めた。
― 会社に電話したらダメだ!
ルイーズの暴走をうっかり見過ごすところだった。
俺はルイーズが会社に電話するのを留めた。
「ルイーズ、ちょっと待った! 会社に電話したらダメだよ。申請代理人の弁護士に電話しないと。会社のホームページに連絡先が出ているはずだから、弁護士に電話して」
「分かったわよ・・・」出鼻をくじかれたルイーズは、イライラしながら吐き捨てた。
こうして、俺たちはなぜかジャービット・エクスチェンジのスポンサー候補となった。
内部調査部は必要のない仕事を増やしていく傾向がある。
いつものことだが・・・