第669話 母です~母~
文字数 2,061文字
「イッヒッヒッヒ。わざわざジョーが私用で街を歩くなんて、宝くじが当たるよりも低い確率だよ。ご利益があるかもねぇ」
「おっかねぇ、ご利益だ」
そうは言うが、ナガレとしてもジョージとはもう一度話をしたいと思っていた。
しかし、『神ノ木の里』を封鎖した件と負傷にて気が立っている事を聞き、しばらくは『神島』の動向を見るように総理から言われた。
「タイミングが良いのか、悪いのか」
政府内の誰もが『神島』に対して腫れ物を扱うように様子を見ていたが、ナガレは純粋にジョージの安否を心配していた。
『処刑人』だの『怪物』だの政府内で恐れられているジョージだが、彼も老い、怪我をする『人間』であると言う事は変わらない事実である。
「大事にならなきゃいいけどよぉ」
そこらへんも店に来たら様子を見てみよう。
「イッヒッヒッヒ。ナガレや、暇なら少し手伝ってくれないかい」
「お客さんに仕事を要求するなんてよぉ。相変わらずだねぇ」
「イッヒッヒッヒ。じゃあ何かに買っていくかい?」
「いや、何も要らね。スイさんの店、そのカウンターの200円鉛筆でも原材料は屋久杉とか言い出しそうだし」
「イッヒッヒッヒ。良く分かったね」
「え? 嘘……」
1億年鉛筆かよぉ。
これ以上藪を突くと更にとんでもない事が発覚しそうなので下手な事は言わずに手伝うことに。
昔馴染みのよしみと言うこともあるが、何かと頼りにさせて貰っているので、逆に頼られたら手を貸すのは当然の流れだ。
「これ?」
「イッヒッヒ。その箱だよ」
下からでも見える位置に箱は置いてある。ナガレは台を寄せつつそこから見える情報を読み取った。
「なーんか、エジプトっぽい文字が側面に見えんだけど。しかも、重っも」
「最近処理を頼まれてねぇ。イッヒッヒッヒ。人が死んでるから気をつけなよ」
「鈍器的な意味だよね?」
どうやって棚の上に乗せたんだか。
ナガレは指先で箱を引き寄せつつ、持ちやす位置まで棚の上から出す。本格的に掴んで下ろそうと引き出した時、バキン。
「うぉ!?」
「イッヒッヒッヒ」
乗っている台の脚が謎に壊れた。先程までは全くそんな様子の無かっただけに完全に予想外。荷物ともつれ込む様にナガレは落下する。
「痛てて……」
「イッヒッヒッヒ。無事かい?」
落下を受けた尻に痛みはあるものの、それ以外には怪我は無い。いや、何か暗い――
「え? ん? あ? 何だ? 何だコレ!?」
箱の中身――アヌビスのマスクを偶然にも被っていたナガレは、不意に狭まった視界と暗さに己の顔を触る。
「イッヒッヒッヒ。ナイスキャッチ」
「と言うよりも、ヘッドキャッチだよねぇ……」
取りあえず脱ごう。
「ん? あれ? んん?」
脱げない。ベタなノリでやっているワケではなく、脱ごうとすると腕の力が抜けてマスクを持ち上げられないのだ。
「スイさん……コレ、被るとヤバイヤツだった?」
「イッヒッヒッヒ。古代王家の霊地を墓守をしてた一族が着けてたマスクだよ。侵入者の頭蓋で案山子を作って、人避けをしてたらしいねぇ」
「プレデ○ーかよぉ……ガチガチにヤバイヤツじゃん……」
「イッヒッヒッヒ」
「何か、声質も違ったモノが出てるし……オレって呪われた?」
「色々と調べる所だったからねぇ。イッヒッヒッヒ」
「脱ぐ条件がヒューマンハントとかだったらマジでヤバイんだけど……」
どうにかして欲しいナガレはスイレンに助けを求めていると、カランカラン―
「スイレン、居るな?」
「お邪魔しま~す」
扉鐘が鳴って、来る予定の来客――ジョージが来訪した。そして、彼の付き添いであるセナも探検する様な雰囲気で共に店内へ。
「あ」
「あ?」
「あら~」
「イッヒッヒッヒ。来たね、ジョー」
ナガレ、ジョージ、セナ、スイレンの順で各々に反応する。
中でもアヌビスが私服を着てスイレンと話している現場はこの上なく異次元だった。
ええ!? ちょっ! マジ!? どういう確率のエンカウントォ!?
焦るナガレ。セナは店内の様子を見ると、トラブルがあった様子を察する。
「あらあら~お取り込み中です~?」
「イッヒッヒッヒ。ジョーや、コイツはまた……とんでもない美女を連れ歩いてるじゃないか。浮気かい?」
「そんなワケあるか」
ジョージは店に入る前にセナから渡してもらった『バームクーヘン大袋(小分けタイプ)』を袋ごとスイレンに渡す。
「イッヒッヒッヒ。ジョーにしては中々ひねったモノを持ってきたじゃないか」
「彼女のアドバイスだ。助けて貰ってな。新しい縁だ」
「こんにちは~私は鮫島瀬奈といいます~」
「この店の主の真鍋翠蓮だよ。イッヒッヒッヒ。鮫島って言うと、リンカ嬢の姉かい?」
「あら~お上手ですね~。母です~母~」
「イッヒッヒッヒ。母娘でとんでもない需要さね」
とんでもなく上機嫌にセナは返すと次に、
「従業員の方ですか~? 鮫島瀬奈です~」
「え? あ……オレは……」
「?」
「あ……アメン・ラーです」
咄嗟に思い付いた偽名を名乗る。