第198話 貴方、全然面白くないわ
文字数 2,787文字
その間オレらは席を取り、皆で座って待つ。
「申し訳ありませ、ぬ。小生、あまりの完成度に思わず正気を失ってしまわれ、た」
卓を囲む中にいるテツはオレたち全員に頭を下げてそう告げる。
職員さんに連れて行かれそうになったテツを轟先輩が慌てて止めたのは反射的な事だったのだろう。
「ふっはっは! テツ君! 行動を起こす前に一度冷静になりたまえ! ここは公共の場と言う事を忘れてはいかんよ!」
「社長……」
行動力の申し子である貴方が言いますか。いや……社長のアグレッシブなスタンスは全て
「社長、貴方もご自重くださいね」
轟先輩の笑顔と言葉に社長は、ぬぅ……と口ごもる。行動が先になる社長の後始末は轟先輩がしてるんだと分かるやり取りだった。
「黒船殿の仰る通、り。小生、此度の失態は殿下に対する無礼と心に刻みます、る」
「あはは……」
未だに頭を下げたままのテツには困った様に愛想笑いをする轟先輩。
「ふむ。しかし、それほどにテツ殿が感情的になる程の理由とは何なのですかな?」
ヨシ君はテツの奇行に答えを求めた。商店街で前もって出会っていたオレとリンカはテツの事はそれなりに知っているのである程度は想像がつく。
「これ、だ」
そう言ってテツは自分のスマホを出した。起動しているアプリは一つのソーシャルゲーム。タイトルは……
「『トロイメア』?」
全員の疑問を代表してそれを口にしたオレの言葉にテツが早口で『トロイメア』の事を語り出す。
オープンワールド型RPG『トロイメア』。
それは異世界トロイメアのとある大陸に転移した主人公が大陸を四つに分かつ四人の魔王の領地で冒険する。アクション要素も強いゲームである。
コンシューマーとスマホとPCに対応しており、リリース半年後ほど経ってもプレイヤーが増えてるのだとか。
「色々と奥深い要素は多々あ、る。しかし……こちらを見て欲し、い!」
と、テツは操作するとガチャ画面を映す。そこには、轟先輩と瓜二つの姿をした『魔王カンナー』が星5(最高ランク)でピックアップされていた。違うのは頭に角が有るか無いかくらい。
「……え?」
「甘奈さんだ……」
「これは一体……」
オレとリンカとヨシ君は偶然にしては似過ぎな様に思わず轟先輩を見る。
「わ、私! 知らないからね! 何も!」
轟先輩は何か否定する様に慌てて手を振った。初めて見た、ってリアクションだが心の中ではどこか思い当たる事がある様にも感じる。すると社長が笑いだした。
「ふっはっは! 参ったねぇ! こんな事があるなんてね!」
「せ、正十郎さん。これって一体……」
あ、下の名前呼び。轟先輩は相当に困惑している様だ。
「話すことではあるまいよ。しかし……こうして再び『トロイメア』の名を聞くことがあるとはな!」
「社長、何かご存じで?」
社長と轟先輩の間だけで理解している様だ。うむむ、かやの外は嫌だなぁ。
「そうだね。かいつまんで話すと『トロイメア』には思い入れがあるのだ」
「それは製作に関わった、と言う事です、か!?」
「ある意味そうかも知れないね」
「おお!」
テツが感動している。社長と轟先輩は会社の経営と平行してこう言う事にも手を出してたのかな。
「『トロイメア』は私と甘奈君に一つの分岐点を示してくれた。君も無茶をしたよね」
「うぅ……その節はお世話になりました」
恥ずかしそうな轟先輩。二人の関係が大きく進んだ出来事だったと言う事なら、当人達が口を閉じるなら聞くべきでは無いのかもしれない。
「『魔王カンナー』は主人公が初めて訪れる西の領地の統率、者! 少々仕事気質な所があるが、慈愛と優しさに溢れ、る!」
テツは『魔王カンナー』について熱く語る。て言うか、轟先輩の性格そのままな気が……
「ほほう! 良いね! 私は『魔王カンナー』は好きだよ! 好きになったよ! 君はどう思う? 甘奈君!」
「もー、止めてくださいぃぃ」
恥ずかしさの余り、轟先輩は顔を両手で隠しちゃった。
「しかし……天井は100連とはい、え! 凸するには更なる課金を要す、る!」
「うわぁ……」
沼にずぶずぶだなテツ。いや……そう言う人のお陰で、その他無課金、微課金の人が楽しめてるのなら、感謝するべきなのだろう。
「そこ、で! 殿下!」
「ふぁい?」
まだ赤い顔を隠したまま轟先輩は答える。
「一度、十連をお願い申、す! シンクロニシティにて当たるやもしれませ、ぬ!」
「えぇ……」
根拠はない。しかし、日本には願掛けと言う文化がある。つまる所、人間は結果が良ければ全部、幸運だったと思える動物なのだ。知らんけど。
「一度だけ! どう、か!」
「一回だけなら……」
テツの必死な様に轟先輩はポチッと10連のボタンを押す。不思議と結果が気になるのが人間であり、全員がその結果を見届けた。
「ぬぅ……星4のみ……か」
「伊右衛門さんに……ウルフ君までいるんだ……」
「ふっはっは! テツ君! 私も一枚噛んで良いかね? 10連分の資金は出そう!」
「それは小生の美学に反す、る! 引く事のみお願いしま、す!」
と、テツは更に課金して10連の画面を社長へ向ける。コイツ、カードで……引くまで
「どれ」
押すときは淡白なもので、ワンタッチ。今さらながらソシャゲってスゲーシステムだよな。この一秒にも満たない指の動きで1500円が飛ぶんだもん。
「あ」(オレ)
「ほう」(ヨシ君)
「演出違うな」(リンカ)
「おお!」(社長)
「わっ!」(轟先輩)
「かぁぁぁ!!」(テツ)
“皆さん、あまり働き過ぎないでくださいね”
と言うセリフと共に『魔王カンナー(星5)』がテツのアカウントに降臨。声も轟先輩に似てたな。
「やったね! 私が引いたら『魔王カンナー』が来てくれたよ。甘奈君、私の所に来てくれた! 本当にありがとう! 凄く嬉しいよ!」
「もー、ホントに止めてくださいぃぃ!」
耳まで真っ赤にして轟先輩は顔を伏せてしまった。テツは社長を崇拝するように感謝している。
「? まだ何か来たぞ」
「む! こ、これは二枚抜、き!」
二枚抜き。それは10連の中に高レアが複数入っている現象の事を言うらしい。確率的には相当なモノだとか。
“貴方、全然面白くないわ”
そんな言葉と共に現れた星5キャラは眼帯にドレスを着た少女。名前は“ローズ・D・ヒュケリオン”と表記がされていた。
「……ローズさん」
「ふっ……君にその言葉を言われる日が再び来るとはね! ローズ君!」
なーんか。本当にこのキャラの事を知ってる感じなんだよなぁ。なんと言うか……愛着があるって感じじゃなくて、友達みたいに隣に居た様な距離感を感じる。
「バイキングの準備が出来ましたー」
と、料理を並び始めたので、世間話もそこそこにオレらは昼食を取りに席を立つ。