第346話 縁となる舞
文字数 2,249文字
陽が落ち、外灯の光りが頼りになる程に薄暗くなったアパートの敷地内で、オレはサマーちゃんに怒られていた。
「わしが油断するなと忠告したと言うのに、全く、お主は……」
「いやさ。オレもまさか間を置かずにウェーブ2が始まるとは思わなかったよ……」
イントさん達とは屋敷で別れ、オレと赤羽さんとショウコさんは黒金の車でアパートまで送って貰った。
アパートに着くとショウコさんの演舞に誘った『ハロウィンズ』の面々が既に来ていたのである。
「仕方ないとは言えなくはないが、それでも彼女を一人したのは軽率だったね」
赤羽さんもジャックに餌をやりながらそう告げる。ジャックは猫缶をガツガツとかっ食らっていた。
「……レッドフェザー」
すると、サマーちゃんは神妙な面持ちで赤羽さんに語りかけた。そう言えば知り合いなんだっけ?
「生きて! こんな近くに居ったとは! 何故連絡をくれんかった!!?」
「エスペランサとの約束だったのだよ。それに君は既に前に進んだ。私が道標を作る必要は無いだろう」
「それとこれは別にして! ずっと心配しておったのだぞ!」
「君は考えを希望的な方向に向け過ぎだ。あの爆発で生きている訳ないだろう?」
「生きているではないか!」
「それは結果論だよ」
「屁理屈ばかり言いおってからに!!」
とにかく文句の言いたいサマーちゃんは赤羽さんに体よくあしらわれていた。
更に口撃が炸裂しようとした所で、彼女の頭に老いた手が置かれる。
「あれから六年か。大きくなったね。サマー」
「うむむむむ! むむむむむむー!」
蓋をされたようにサマーちゃんはそれ以上は何も言わなくなった。不機嫌であることには変わり無いが、文句は撃ち止めのようだ。
祖父と孫娘の関係を見ている様で微笑ましい。
「……なんじゃ、フェニックス。何をニヤついて見ておるか!」
「わー! 銃口は下に向けてくれー!」
どこに持っていたのか、ゴキジェット・バズーカタイプが、チャキ、と向けられた。
赤羽さんがサマーちゃん抑え、テツとレツが、どうどう、と宥める。
サマーちゃんは反抗期が始まる年頃なのだろう。取扱いには一層気をつけねば。
その時、ガチャ、とオレの部屋の扉が開き、ふわりと目の前にショウコさんが着地した。
仮面に青竜刀(模造)。そして、赤羽さんの持っていた民族着を身に付けている。
「……取り込み中か?」
「あ、いやいや。大丈夫だよ! 着席! 皆着席ー!」
オレは慌てて騒ぎを納めると、全員が大人しく座る。ジャックは赤羽さんの膝の上に。ナビをしたデカイ烏も近くの電線に止まった。
「それでは……」
ショウコさんは一度、息を吸って呼吸を整える。そして、青竜刀が滑らかに動きだし、ソレに合わせて身体も舞う。
かつて少女は邪悪な妖魔に捧げられた。
死を怖れる者達の贄となった少女は内なる輝きで妖魔を討ち果たした。
しかし、その命は消え逝く松明。
少女を最後に抱き止めたのは旅の武芸者。
旅の武芸者は雲となった少女を見上げて誓う。
君は忘れられた存在ではないのだと。
時間にして十分くらいだったかもしれない。舞い、振るう、ショウコさんの演舞には紛れもなく別の意志が宿っていると思わせた。
それは決して悪いモノではない。遥か昔から引き継がれてきた様な、忘れてはならないと思わせる意志。
社会に出て、日常を過ごす内に欠落したナニかを思い出させてくれる演舞。
それが何なのかは、はっきりと解らないが、それでも心にある靄のようなモノが祓らわれた様な気持ちになった。
「――――」
すると、演舞が終わったのかショウコさんの動きが止まる。
皆が静かに見入って、声も拍手も忘れてしまう程に感深くなっていた。
オレが拍手をしようとすると、仮面の置くからショウコさんが目を合わせた気がした。
そして、再びゆっくりと動き出す。
少女は一人で戦った。
旅の武芸者は、その孤独を慰める様に多くの者と妖魔を討った。
その“輝き”は多くの者に理解され、気高き行いは人々に救いを与えた。
時は流れ、少女の“輝き”は武伝となり、多くの者を救い、繋ぎ、そして――
「――――」
縁となった。
ショウコさんの動きが止まる。そして、一礼をした事で終わりなのだと皆が悟る。
「噂には聞いていたけどね。実際に見ると違うモノだね」
「感動した、ぞ!」
「くふふ。これは映像では伝わりませんねぇ」
「金を払う価値はあるのぅ」
皆が口々にショウコさんの演舞を称える。オレは何か感動しすぎて拍手しか出来ない。
「ショウコちゃん。綺麗ねぇ~」
「どっちかと言えば神秘的な――お帰りなさい……セナさん」
いつの間にかオレの横に座っていた仕事帰りのセナさんも観賞していた。
オレを除く全員が、!!? と、現れたセナさんに驚く。
赤羽さんも気づかない程に完璧に気配を消していたのか、それともショウコさんの演舞に気を取られ過ぎていたのか。真相は闇の中だ。
“流雲武伝には後に付け足した舞がある”
“そうなのですか?”
“お前も覚えて置くと良い。いずれ使う事になるだろう”
“演舞では使わないのですか?”
“この舞を理解してくれる相手が共に道を歩く者だ。覚えておきなさい”
ショウコは仮面を外しながら皆の輪の中でわちゃわちゃするケンゴを見る。
「……君はまだ理解してくれないか」
「あ! ショウコさん! 凄く良かったよ!」
「ああ。ありがとう」
それでも良い。母も父に対しては三度ほど見せてようやくだったと言っていたし、これからと言うことで。