第415話 リンカとショウコ

文字数 2,418文字

「鮫島さん」

 次のメイド服を手にとっていると流雲さんが声をかけて来た。

「あ、はい。流雲さん」
「ショウコで構わない」
「じゃあ、あたしもリンカって呼んでください」

 あたしは自然と出る微笑みでショウコさんに返す。

「ふむ……やはり自然体な笑顔はポイントが高いな」

 すると、ショウコさんは顎に手を当てて、なんか納得している。プロのモデルとして、他の人の表情や挙動は常に研究しているのだろう。流石だ。

「まぁ、それは置いておこう。リンカさん、単刀直入に教えて欲しい事がある」
「何でしょう?」
「君はケンゴさんが好きなのか?」

 その言葉に思わず衣装を落とす。そして、慌てて拾い上げた。

「きゅ、急に何を――」
「ふむ。間違えていたのなら申し訳ない。ちなみに私は好きだぞ」
「えっ、えっ、えっ……えっと……」

 正直、会話の理解と整理が追い付かない。まるで濁流。個人的にはショウコさんは鬼灯さん寄りの女性かと思っていた。

 スラリとしてスタイルも良く、物静かでミステリアスな雰囲気。口調は淡々としているけれど、大人らしくてカッコいいお姉さん、と言うのがあたしから見たショウコさんの第一印象。

 しかし、今はどっちかと言うとヒカリのお母さんであるエイさんに近い性格だと感じる。

「照れ隠しかな? もしも隠していたと言うなら先に謝る。すまない。しかし、君と彼との関係性を知りたいと思っているのは事実なんだ」

 淡々と真顔で語るショウコさんは真剣な様子がうかがえる。変に口ごもるよりも真面目に受け答えしてみよう。

「えっと……アパートの隣に住んでるんです」
「それは彼から聞いている。私が居た二日間は君は丁度不在だったからね。母君には夕飯を馳走(ちそう)してもらったよ」
「母に付き合ってくれて、ありがとうございます」
「ふむ。世話になったのはこちらだが、お礼を言われるのは妙な気分だな」

 話を戻そう、とショウコさんが脱線した話題をレールに戻す。

「私は彼の事が好きだ。この感情は特別なモノだと思っているし思いたい。しかし、この件に関しての経験が浅いのもまた事実。故に隣に住み、最も近く親しい存在であろう、君から彼の事を教えて欲しい」
「え……う……ううう、うん?」

 なんだこれ。どういう感情で答えれば良いのか全くわからない。わかる範囲で状況を整理すると……
 ショウコさんは彼の事が好き。
 でも、それが本当の気持ちかわからない。
 だから、彼の事を良く知ろう。
 そして、彼と親しそうに話していたあたしに、話を聞こう。
 多分、こう言う解釈であってるハズ……
 でも、会話の冒頭であたしに、彼の事が好きかも聞いてきた……よね? え? これってどういう事? 恋敵に彼の事を聞く?? ワケわかんなくなってきた……

「君は彼の事が好きなのか?」

 最初の質問がまた投げ掛けられる。
 彼の事は“好き”だ。それもいつからわからない程に昔から。しかし、それを思うのと、口にするのとでは飛び越えるハードルはだいぶ違うのである。

「えっと……えっ……と……」
「どうやら、君は彼に対してあまり好印象を持っていないようだね。それなら私の方で――」
「! 好き! ……ですよ。彼の事……」

 この感情を否定されそうになったので咄嗟に答える。ショウコさんの反応は……

「そうか! よかったよかった。リンカさんがそうじゃないとなったら、どうしようかと思っていた所だ」

 ふいー、と安心したように喜ぶショウコさん。あたしは彼女の意図を全く理解できずに、???? 状態。

「ショウコさん」
「ん?」
「ショウコさんは、彼の事を好きなんですよね?」
「うむ」
「でも、あたしも好きなんですよ?」
「ああ。そうなのだろう?」
「普通は、なんか別の感情が湧きません?」

 嫉妬とか独占欲とか敵意とか……あっ、全部あたしの事だコレ。少し落ち込む。

「そんな事はない。彼が誰と付き合おうとも、この気持ちは何も変わらないと私は知ってるからな」

 ショウコさんは胸に手を置いて、心で感じるモノを本当に幸せだと思える表情で告げる。
 何て言うか……ショウコさんの事が少しだけわかった気がする。ちょっと確信を得るために確かめて見よう。

「ショウコさんは、仮に彼が自分以外の人と結婚した時って……祝福出来ます?」
「普通にできるぞ」
「でも、彼の事は好きなんですよね?」
「ああ。ケンゴさんの選ぶ女性だ。変な輩ではあるまいし、それで私が彼を嫌いになる理由にはならない」
「それはそうですけど……自分が隣に立ちたいとか結婚したいとか思わないんです?」
「普通に思うぞ。しかし、彼の伴侶は彼が決める事だ。私が選ばれなかったのなら、それは彼の中では魅力的ではなかったと言う事なのだろう」

 ……あ、何となくわかった。ショウコさんって恋心を喜怒哀楽の一つとして認識してるんだ。
 心震える経験の余韻が続いている様な感覚に近いのだろう。彼に対して本気で“恋”をしていると気づいてない頃のあたしだ。手の届かない所まで居なくなって初めて気がつくやつ。

「それに、彼は風呂場でも手を出して来なかったからな」
「………………え?」

 ショウコさんの事を理解しかけた所で更なる爆弾が落ちてきた。

「彼とは二日間の夜に添い寝と混浴を試して、更に泥酔も経験し、過ごしたが……彼は実に切実だな。共に身体を洗い合ったがそれでも手を出して来なかった。夫婦になる女性は、そんな彼が見初めた相手だ。きっと優れた人格者であるに――」
「ショウコさん」
「ん?」

 あたしはショウコさんの肩を掴んで言う。

「彼との今までの思い出や経緯を話します。だから……二日間の事を包み隠さず教えてください」
「! 情報交換だな! 是非、こちらからお願いしたいと思っていた所だ!」

 死神の武器は……鎌ではなく……針なのだと……きちんと認識させなくては……





「ふふ」

 そんなショウコとリンカを見ながらカレンは仲良くなった様子に微笑む。
 まぁ、死なない程度にはケンゴの事は助けてやるか。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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