第488話 彼女の一番大切なモノ 前編
文字数 2,293文字
23年前。当時、跡継ぎの居なかった地方の老貴族――フォード・スタンは養女である北条奏恵と縁を結ぶ事となった圭介の事を気に入り、彼に全てを託した。
貴族社会において特に突出した能力を持たないフォードであったが、浅くも手広く進めていた商業や広大な敷地を使って、一般市民に対して多くの雇用を生み出し、いくつもの会社を経営していた。
フォードの死後、その全てを引き継いだ圭介は彼が経営していた時と同じ手腕を発揮。
本家の雰囲気は洋風から和風へと変わってしまったものの、それは圭介の遊び心の様な一面でもあり、何より和風は海外のウケが良い。
それを考えての転換は成功し、圭介は西洋の貴族社会においても注目と一定の地位を得た。
全ては己の下にいる従業員や会社が、不当な圧力により追いやられる事を防ぐための最低限に必要な地位。
そして、僅か数年でここまで登り詰めた彼の非凡性を目の当たりにした貴族社会は警戒と同時に白鷺圭介とは何者なのか? と言う疑問が浮かぶ。それを解消するべく、パーティーへの参加を強く希望した。
圭介としてはソレも読みの一つであり、己の知名度を上げるパーティーとして今も機能していた。
「デュークケイスケ」
「今年はお越しになられたのですね、閣下」
今では貴族社会の主席でさえ顔を見せるパーティーにまで規模を広げ、誰もが圭介の事を認めていた。
各界隈の大物がこぞって参加するパーティーに、彼らとの繋がりを得ようと参加の意思を示す業界人が後を経たない。パーティーの余興のとして選定されたパフォーマーは一種の名誉となる程に格式も高い場となっている。
貴族社会で繋がりを得たければ『白鷺』のパーティーに参加れば良い、とまで言われるほどだ。
そして、ここ5年あまりは更に参加者が増えている。
「本日は遠路はるばるお越し頂き、ありがとうございます」
「今回は都合が合ってね。出来るなら毎回出席したいモノだが」
と、主席の老人は離れたところで別の来客も話している圭介の娘――白鷺綾へ視線を向けた。
「相変わらずの美しさだね、アヤ。『白鷺の姫君』の呼び名に相応しいよ」
「バルフレルお爺様は本当にお世辞がお上手です」
音楽界隈の大統領と称されるバルフレル・ノーツは、アヤが三歳の頃からパーティーには毎回参加している古株だった。
パーティーで何気なくアヤに楽器を触らせた事がキッカケでその才能に気付き、一時はバルフレル当人が教えを授ける程だった。
アヤは5歳になるまでに音楽界隈にて幾つもの賞を取りつつ数多の音楽家を魅力するカリスマを持つも、圭介が『白鷺剣術』を編み出した事で、そちらに集中するために音楽からは一歩引く形となったのである。
「君の楽器の才能は本当に捨てがたい。こちらでの活躍を改めて考えてくれないかい?」
アヤは音楽業界を退いたとは言え、楽器の嗜みは捨てていない。自主的に練習し、時折、地元では披露していた。
「嬉しいお言葉ですが、私は父と母の側に居たいのです。そうだ、この場でよろしければ久しぶりに私の音を聞いて行ってもらえますか?」
「おお、それならば合わせようじゃないか。実は楽器とメンバーは一通り連れて来ていてね。君と共に演奏したいと願う者は五年待ちだ」
「最初からそのつもりだったのですね?」
「君の音を聞きたい者は世界中にいる。ジャンルは違えど、我々の界隈ではあの『舞鶴琴音』の再来と言われる程にね」
「大変、名誉な事です」
「アヤ、ちょっと良い?」
その時、少し離れた婦人達と話していた奏恵から呼ばれ、嬉しそうに返事をする。
「はい、御母様。バルフレルお爺様、是非とも楽しんで行ってください。後程、共に演奏しましょう」
アヤはバルフレルへ丁寧に頭を下げると奏恵の下へ向かう。その雰囲気と母親に呼ばれた時の笑顔は外の人間には向けられないモノだ。
「ふむ。あの笑顔を独り占めできる、婿の席は熾烈な争いとなるな」
「六道先生」
「アヤさん。久しぶりね」
奏恵の元にはアヤが礼節の師事を受けた老練の女性――六道が立っていた。
「ふむ。ふむふむ」
「あの……先生?」
六道は現れたアヤの周りをくるくると回って様子を見る。
「どうやら、無意識にも身についている様ね。大半の生徒は私の元を離れた途端に、礼節を軽んじるの。こればっかりは仕方のない事だけどね」
「私も常にこうではありませんよ?」
「そうです、先生。娘は寝るときはいつも下着姿なんですよ。前なんてお腹を出して寝ていて――」
「お、御母様!」
もー、と帯を緩める時はとことんにだらしない様を告げ口されてアヤは母に目くじらを立てる。
「帯を緩める事も大事よ。けど、お腹を出して眠る事は教えていないけれどね」
「うう……精進します」
「ふふ」
入れ替わり入れ替わりで『白鷺』は来客に対応する。
圭介の才覚とそれを難なく支える奏恵。そして、二人の間に生まれたアヤもまた、双方の能力とカリスマを遺憾なく継いでいた。
共にあり、心地よいと感じる雰囲気を白鷺家からは誰もが感じ取るのも、彼らの作り出す空気が成せるからこそである。
故に、今回のパーティーで起こる悲惨な事故を引き起こすのは、外からの訪問者だった。
ふと、圭介のスマホが鳴る。
「失礼、閣下。お電話を少々よろしいですか?」
「ああ、構わんよ。待っている間にスシを堪能しておこう」
圭介は一度会釈して少し離れ、スマホに出る。
基本的には会社関係者にしか教えていない番号なので、急務かと思い迷い無く出た。
「私だ」
『突然のお電話を申し訳ありません。【ハロウィンズ】です』