第284話 『英雄』と呼ばれている男

文字数 2,513文字

 車は私が降りると同時に発進し一つのコンテナへと入った。そして、次の移動として、目の前にはクルーザーが待機している。

「足元にお気をつけを」

 そう言われて先の乗船を促される。私に逃げるつもりは無いが警戒の為だろう。その後に続く形で女も乗った。
 クルーザーは遊びなどで利用する程度の大きさのモノで、操縦席には一人の男が飴をくわえて座っている。

「カーシャ。ソイツか? 社長の言ってた女は」
「ジェット。口を慎みなさい。あの御方の大切なお客様です」

 と、男はポケットから飴を差し出してくる。

「食べるか? オレンジ味だ」
「……悪いが、私はワサビ味しか好まない」
「悪くないチョイスだ。だが、今は手持ちが無いねぇ」

 男――ジェットは飴を引っ込めるとショウコを品定めする様に見る。

「ビッグバストだな。それに美人だ。社長が気にかける理由も解――」
「ジェット。いい加減にしなさい」

 女――カーシャの静かな怒り声にジェットは、ハハハ、と笑った。

「それじゃ、ビッグサイズのレディとノーマルサイズのレディをご案内ー」

 そう言って、ジェットはクルーザーのエンジンをかけると、軽快に走らせ始める。

「……あの船か」

 クルーザーは水平線に見えるタンカー船へと進む。
 全長1キロは在ろうその船に掲げられた国旗は灰色に散りばめられた菱形に雨が降る様なデザインがされている。

「ラクシャス」

 その国は約15年前より世界的にも注目を浴び始めた先進国だった。





「社長。ジェットのクルーザーが着きました」
「見えている」

 船の上部に作られた特別な船室から、甲板を見下ろしていた女郎花は船に上がるカーシャと――

「……17年経っても君の光は陰りがないな」

 ショウコを見て部屋を出る。





「女郎花教理とは、『プラント』の社長じゃ」

 サマーちゃんはVRの上空に映った“女郎花教理”の情報を手元に持ってきながら説明をしてくれた。

 西ヨーロッパを中心に活躍する大企業『プラント』。主に食料品の輸出を行う事で知られている。
 その内訳は加工品から穀物まで、ありとあらゆる食料品を取り扱っており、西ヨーロッパの食産業は全て『プランター』印であり、日本にも低価格で輸入されている。
 家計にも優しく、品質も良い。(byリンカ談)

「あの『プラント』の社長?」

 『プラント』の事は無論、オレも知っている。その系列会社に何度か派遣された事があるのだ。

「女郎花教理は、元々生物工学(バイオテクノロジー)の権威じゃ。1000年に一人の天才と称され、中でも品種改良を前提とした遺伝子可変のデザインセンスは史上を見ても肩を並べる者はおらん」

 サマーちゃんが難しい文面と遺伝子の映像を背景に持ってくる。

「生まれは特に目立った家庭ではなく、僅か12歳の時に両親を病で失っておる。そのと時に、近所に住んでいた生物学を専門とする大学教授の養子となった。その後、生物学において類稀な才能を持つことが発覚し、中学、高校と、全国模試を常に一位を取りつつ、教授の助手を勤めたようじゃ」
「へー」
「ちなみに、運動においても多くの分野で天才的な才能を発揮したようじゃな」

 ばー、と映画のスタッフロールのように女郎花教理がとったであろう、功績が流れていく。なんか、殆どの中学記録とか高校記録を塗り替えてるんですけど……

「これって誇張してる?」
「公的な記録も残っておるぞ。あの天月も女郎花教理がスポーツ界隈に居座っていたら、凡庸だったと言われるくらいじゃからな」

 文武両道なんてレベルを超えてやがる。実は双子で、それぞれの分野で超天才だとか言うオチじゃねーのか? これ。

「その後、大学への進学したが大学教授が交通事故で死去。女郎花教理も巻き込まれ三日の生死を彷徨うも一命を取り留めたそうじゃ」
「そいつはお気の毒に」

 家族との別れ。オレとしてはその辛さを知っているので、それが二度も振りかかった時の辛さは計り知れないだろう。

「その後、女郎花教理は大学に復帰し、遺伝子関係において、多くの品種改良を実現させ、その界隈では世界的にも知らぬ者は居らぬ存在となった」
「華々しい経歴だけど……ヤツにはここには無い経歴がある」
「ほう?」

 オレはサマーちゃんに過去に女郎花教理がショウコさんを誘拐し軟禁した事を説明した。

「女郎花教理が犯罪まがいな事をしたという記録はどこにもない。多少無愛想な側面はあったものの、誠実な青年として記録しかないのぅ」

“私は小さい頃、女郎花教理に誘拐されて軟禁された事がある”

 赤紐を触りながらショウコさんがオレに話してくれた。

「世間がどう見ようと、オレからすればコイツは犯罪者だ」

 理由は不明だが、ショウコさんに対して異常なまでに固執している。きっと、彼女はコイツに拐われたのだろう。

「ふむ。生涯潔白な人間などこの世には存在しないと言うが……ドでかい不発弾が出てきたようじゃのう」

 サマーちゃんはギザっ歯を見せて楽しそうに笑った。まるで新しい標的を見つけた殺し屋のような物騒な笑みだなぁ。

「じゃが、ヤツは『英雄』じゃ。足元を崩すには誘拐だけではちと弱いのぅ」
「その、『英雄』ってのが良くわかんないんだけどさ……」

 話を聞く限りじゃ、只の超天才だ。『英雄』ともてはやされる理由がいまいち解らない。

「ヤツは西ヨーロッパの食品産業全て合併し、『プラント』の一部に吸収。品種改良した穀物を使い、行き届かない食糧難を瞬く間に解決したのじゃ」
「それだけで『英雄』?」
「まぁ、それだけ見れば騒ぎ立てる程では無いがのう。じゃが、ヤツの非凡さは文武だけでは無かった」

 と、背後に一つの国旗が表示される。菱形が散りばめられ、雨のような斜線の入った灰色の国旗。知らない国だ。

「この国は『ラクシャス』。数多のレアメタルが土壌に眠ると言われていた故に多くの国が領土を巡って停戦状態にあったんじゃ」

 いつ火が吹いてもおかしくない緊張状態。その地に住む者達はいつも怯えていた。

「そこへ『プラント』が介入した。女郎花教理は自らが管理すると言って、関係者全てを納得させたんじゃよ」

 それは、今から15年前に起こり、史上としても女郎花教理を英雄として記録するには十分な“終戦”だったらしい。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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