第491話 君は愛されてる

文字数 2,515文字

 人を助ける為に水辺へ飛び込む際、服を脱ぐのは二次被害を避ける為だ。
 意図せず落ちたのなら仕方ないが、潜水の負荷になる衣服はなるべく減らすのがベスト。人命救助に恥ずかしがっている場合ではない。

「――――」

 オレは飛び込んだ勢いで水中へ。滝の落ちる音だけが煩く水中に響く中、アヤさんを捜して見回す。
 滝壺近辺の水流は一定の深さまでは下に向いている。想定した流れと違う様にパニックになる事もあるので、そのまま流される可能性もあった。

 アヤさん……どこに――いた。

 なんと、アヤさんは水底へ横たわっていた。アレなんで浮かないんだ? 噂では女性は胸が浮かぶって聞いたけど、都市伝説だったんか?

 ――あ、これヤバい!

 しかし、オレはある結論に至る。
 人が浮くのは肺の中の空気が浮き袋の役割を果すからだ。故に全く浮かないと言う事はその空気さえも全て吐き出さなければあり得ない。

 アヤ……さん!

 滝壺の音も消える水底まで潜水。オレの息もそんなにもたないが、息継ぎに戻ってる時間はない。
 アヤさんの腕を掴むと、引き起こし抱き寄せる。彼女から力を感じない。自ら死に向かおうとしているのか?

「…………」

 まったく! 何でそう言う結論にいたるんだよ!

 水底を蹴って水面へ。意識を失ってると思ったが、抱き締め返してくれたので、取りあえずは安心した。





「…………」
「流石に10月の後半になると、水中は冷えるなぁ」

 オレとアヤさんはこの場所で唯一、陽の光が届く岩部に座る。とは言っても、アヤさんは横たわって何かを考えているようだが。

「ぼっふ」
「まったく……『長老』もっと寄って寄って風邪引いたらお前のせいだぞ」

 オレには『長老』が暖を分け、背後のアヤさんには小動物達が心配そうに寄って温かくさせている。
 本当は濡れた和服も脱がせた方が良いのだが、まずはアヤさんが何かを言うまで待っていた。オレも言いたい事があるし。

「……何故――」
「助けるよ。何度でも助ける。絶対にね」

 オレは滝を見ながら振り向かずに答える。口調は荒くなっていたが、誰だってそうなるだろう。
 アヤさんの身体を起こす気配に振り返ると彼女は視線を落として告げる。

「……私に……そんな価値は……ありません」

 その言葉に彼女の頬を叩いていた。罰としては音が響かない程に弱く、軽く撫でた程度だが、“叩かれた”と言う認識を彼女へ与えたかった。
 アヤさんは叩かれた頬を抑えて驚いていた。そりゃそうか。彼女は非の打ち所がなく育ってきたのだから、“叱られる”と言う経験は今まで無かったのだろう。

「アヤさん。オレが今、何を思ってるかわかる?」
「――……はい」

 アヤさんは再び、眼を伏せる。

「奏恵おばさんの事で、君が責任を感じるのは君の問題だ。けど、自分の事を価値の無い人間だと思うのは間違ってる」

 オレは彼女の肩を掴んで、それだけは絶対に間違っていると告げた。

「……その否定は君だけでなく、君を愛した者全てを否定する行為だ」

 アヤさんはゆっくり顔を上げると泣きそうな眼でオレを見る。

「君を助ける価値が無いのなら圭介おじさんの『白鷺剣術』は価値が無いモノなのかな?」
「……違います」
「奏恵おばさんが命をかけて君を護った行動は価値の無いモノなのかな?」
「……違う」
「なら、答えは出てるよ」

 オレは彼女を抱き締めると、その心を口にする。

「君は愛されてる。この世界で誰よりも君を大切にする二人から」
「御父様……御母様……」

 その言葉にアヤさんは涙を流し、声を上げて泣いた。
 今まで、“自己の殻”に押し込められていた感情を全て吐き出す様に、小さな子供が感情のままに縋るように、彼女はただただ、泣いていた。

 滝壺に落ちる水の音で、その泣き声は世界には響かなかったけど、彼女にとってはその方が良いのだろう。





「…………」
「落ち着いた?」
「……はい」

 ひとしきり泣いたアヤさんは、オレの隣に恥ずかしそうに座っていた。ちなみにオレはアヤさんを助けてからずっとパンイチのままだ。
 なんで今まで言わなかったのかって? 雰囲気がぶっ壊れるからだよ!

「……叱られたのは初めてです……」
「だと思った」

 笑いながらそう言うと、アヤさんはオレが叩いた(撫でた)頬を触る。

「とても……響きました」
「あ……ごめん。強く叩いたつもりは無かったんだけど……骨にきた?」

 必要な事だったとは思うけど……やっぱり手を出したのはやり過ぎたかなぁ……。アヤさんは今も頬をすりすりしてるし。

「ふふ。そうではありません」

 アヤさんは自分達を照らす太陽の光を少し手で遮りながら見上げた。その表情はこの里に来たときよりも晴れ晴れとした雰囲気がある。
 一段と神格が上がったようだ。光効果も相まって実に神々しい。

「へっくちゅ!」

 だが、そのくしゃみで彼女は人間に戻った。オレは思わず笑う。

「今……笑いましたね?」
「いやいや。笑ってないよ。可愛いくしゃみだね」
「眼が笑ってます」

 可愛らしく怒りながら詰め寄る彼女を諌める様にオレは服を脱いで渇かす事を提案する。

「まずは、身体を拭いた方が良いよ。タオルとか着替えは持ってきてるからさ」

 母屋から持ってきたバッグには、濡れる可能性も考慮してタオルと着替えを二つ持ってきている。

「こうなる事を想定していたのですか?」
「まぁ、水辺に行くからね。念のためだったんだけど……まさか『長老』に落とされるなんて思わなかった」

 オレとアヤさんは『長老』を見る。熊ジジィは、くぁぁ、と欠伸をしていた。口の中にタバスコ放りこんでやろうか、コイツ。

「へっくちゅ!」
「……うぷぷ」
「もう! 着替えてきます!」

 そう言ってアヤさんは一度日向から出るとバッグへ向かった。
 今度は笑いを堪えられなかった。まぁ、アヤさんはあんまり怒らないから、丁度良い塩梅かもしれない。
 オレはパンツがだいぶ渇いたので、脱いだ服を着て麦わら帽子をかぶり、再び宿り木マンとなる。

 すると、着替え終わったアヤさんが隣にやってくる。

「……えっと……アヤさん? 下は?」
「下着も濡れておりますので……取りあえずは上だけを」

 彼女はYシャツ一枚でオレの隣に座ったのだ! 何故、そうなる!?
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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