第456話 御覚悟を
文字数 2,114文字
御母様の膝の上に座って、その流れる様な剣術を見る私は毎回眼を輝かせて居たと思います。
「お父さんの師匠が教えてくれたんだ。本来は刀ではなく、その辺りの棒やナイフ等でも応用できる。これはね、弱者の為のものなんだ」
そう語る御父様は誇らしくとも、どこか寂しそうに刀を仕舞いました。
御母様はそんな御父様へいつもの様に微笑み、いつかアナタの故郷に帰りましょう、と優しく語りかけるのです。
『白鷺剣術』。
後に西洋の剣術と御父様の持つ技を複合して創り上げたソレは『白鷺』が生み出した、唯一無二のモノと成りました。
多くの方が習得でき、それでいて深い術理も存在する。
万人に受け入れられて、評価された『白鷺剣術』でありますが、ソレを証明しなければならない方々にはまだ届いていません。
それは……御父様の師、そして故郷へ――
「御覚悟を」
ソレを私が証明する。御父様はこの地より学んだ事は何一つ忘れてはいないと言うことを。
敵の襲来。しかし、熊吉の前に立つ彼女はあまりにも“か弱い”存在に映っていた。
「ゴガァ!」
熊吉は立ち上がるとアヤへ向かって威嚇する。隙間へ逃げたユウヒよりも、武器を持つ彼女の方を優先して対象する事に決めた。
「バォ!」
小動物なら簡単に吹き飛ばす腕の振り下ろし。更に覆い被さる様にアヤに迫る。
対してアヤは刀の峰に手を添えて、刀身を己の身に寄せると、膝を折る足の動きだけで、熊吉の側面を沈む様に抜けた。
「『添え枝の太刀』」
アヤが通り抜けた脇側から熊吉は斬痛を感じる。毛皮を切り裂かれ血が流れる感覚もだ。
『添え枝の太刀』。それは己の身に刀身を寄せ、刃を“振る”のではなく、身体の沈む動きと連動させて“斬る”技であった。
身体に密着させる事で刀身のブレを抑え、自身を一つの刃として見立てる。全体重で固定されたその刃は毛皮程度なら抵抗もなく裂く事ができるだろう。
相手の攻撃をかわしつつ、深傷を負わせる。攻防一体の技であった。
「ゴァァ!!」
しかし、熊吉は規格外の体躯を持つ故に、本来なら致命傷となる攻撃も“耐えられる傷”を受けた程度に留まる。
刃筋は完璧に通った……しかし、筋肉に刀身を僅かに押された様ですね。
数ミリのブレが無ければ、臓器を吐き出させる程の深傷を与えられたと推測。
規格外の骨格と肉厚。飢餓状態故に、脂肪は殆んど無く、筋肉が限りなく浮き出ている事から僅ながら刃は弾かれてしまったのだろう。
その情報を頭に入れ、次の太刀筋を修正。次は命へ届かせて見せる。すると、熊吉は威圧する二足歩行を止め、四足歩行に体勢を切り変えた。
「これは――」
「ゴガァァア!!」
突進。二メートル半の体躯が乗用車の様に突っ込んでくる。
アヤは三角跳びの要領で横の塀の壁を蹴って熊吉の突進をかわすと、再び入れ違う。
熊吉はブレーキをかけるとアヤへ切り返した。
刺突は弾かれる可能性がある。何より狭い中庭でこの質量は相手に出来ない。的は完全に自分になった。ならば――
「ユウヒさん! 今の内にコエさんをお願いします!」
自らが囮となり、熊吉を母屋の敷地から引っ張って行く。
退いた。
熊吉は、アヤが回避と距離を取った様子に四足の突進が驚異であると悟る。
そうだ……逃げ続けろ。壁の外には……他二頭がいる。
アヤは視線を外さず、バックステップで門から母屋の敷地から出た。
これで終わりだ。
その後を追うように熊吉も門から出る。挟み撃ちの形となったハズが……そこに二頭は居なかった。
「予想外ですか?」
アヤは刀を一度振り、門から出てくる熊吉を見据えた。
「今宵、終わるのはアナタの方です」
「グガァァ!!」
熊吉はアヤに向かって突進する。
役に立たない奴らは放って置く。あの“三人”以外にこの身に敵など在りはしない!
「『百歩点所』」
アヤは熊吉の視界から消える様な緩慢な運足にて、その突進を避けると同時に刃を通す。
熊吉の肩へ傷が入り血が吹き出る。
「残り『九九歩』」
「ゴガァァア!!」
入れ違う様に背を向けていた互いは、その身を翻す――
母屋の外で待機していた二頭の巨熊は母屋に向かっていた蓮斗とゲンを迎え討っていた。
「ガァァ!」
鼻に傷を負った熊は四つん這いで蓮斗へ威嚇する。
「ビリビリと感じるぜ、熊公。お前の威圧ってヤツをな」
圧倒的な体格と獰猛な咆哮。常人なら膠着して身動き一つ取れずに餌になるのが当然の圧。しかし、身体能力で言えば蓮斗も劣ってはいない。だからなのか――
「怖くねぇぜ? お前の事はよ」
パンッ! と手の平と拳を打ち付けて身構える。 もっと圧のある者達と『ライトマッスル』で関わって来た事も起因だ。
「蓮斗。そっちは一人でやれるか?」
「ゲンのじっちゃんよ、俺様は荒谷蓮斗。熊公ごときに遅れは取らねぇぜ」
「ガハハ。じゃあ、ソイツは頼むぜ。俺は――」
目の前に同じ目線で二足歩行して佇む熊とゲンは視線を合わせる。
「コイツをぶん投げる。泣いて逃げ出すまでな」
「ゴルルルァ!!」
常人なら絶対に逃げる場面にも関わらず、二人は眼を光らせて不敵に相対していた。