第274話 私も子供が欲しくなりました

文字数 2,491文字

「昌子」

 その日の演目が終わり、依頼主に用意されていた宿に泊まった。
 その宿の中庭にある綺麗な池を見つけて、夜の月明かりに映る自分の顔を見ていたら、師匠が声をかけてくる。

「はい、師匠」
「そのままで良い」

 立ち上がろうとした私を師は止め、隣に座る。

「また、悪夢を見たのか?」
「はい。未熟な証です」
「……昌子。人と人の繋がりは易々とは切れぬ。一定の距離を置いて他と接するのは悪くはない」
「はい」
「……まだ、あの出来事がお前を縛っているのか?」
「縛っているかはわかりません」
「悪夢はあの時の出来事であろう?」
「……そうかもしれません」

 すると師は私を抱き寄せる。

「私と翔が離れたのはお前のせいではない。お前を思っての事だ」
「……はい。解っています」

 私は師を――母を安心させる様に嘘をついた。しかし、それは気遣いだと母はすぐに察する。

「ゆっくりで良い。昔のような事は二度と起こらない」
「……母上。日本へ行こうかと思っています」

 その言葉に母は驚いた様子で私を見た。

「……あの国へはお前を行かせたくない」

 母は仕事でこれから多くの場で演舞を行わなければならず、決して外すことが出来ない。更に母の実家では日本人である自分達が演舞をする事を良く思わない者が多い。
 祖父母が亡くなってから特に顕著に現れ、隙を見せれば家から追い出そうと言う動きも少なくない。

「父上を頼ります」
「……決意は固いか?」
「はい」

 逃げ続ける事はできる。しかし……それでは父と母はどうなるのだ?
 私の為に二人は距離を置かなくてはいけなくなった。今もそれが続いている。私のせいで……

「お前は私たちの宝だ。あの様な事を思い出させる真似は……」
「……本来なら、ここに父上も居るハズでした」

 あんな事が無ければ、きっと家族は笑い合っていたハズだ。

「お前のせいではない」
「その答えを求めに行くのです」

 母は私の固い意思を瞳から読み解いてくれた。

「日本に行けばお前は悪夢を見る。しかし……それでも他人の為に立ち上がろうと思った時、呪縛を振り払えるだろう」
「はい」

 その返事に母が微笑む。

「母上。一つ頼み事があるのですが」
「何かな?」

 私は最近になって、良いなぁ、と思った事を口にする。

「最近、よく子供のお客様より、演舞の終わりに花を貰うのです」
「良い事だ。お前の舞いが他を魅了する証拠だな」
「とても可愛いです」
「? そうだな。子供は可憐だ」
「私も子供が欲しくなりました」

 はっきりとそう言うと母は笑う。

「ハハハ。そうだな。女として生まれたのならば血の繋がった後世を残したくなるのは定めと言うものだ。少々気が早いとも思うが……早期の内から男女の関係を経験しておくのも良いだろう」
「はい。それではお願いします」
「……うん? よろしくとは、どういう意味だい? (つがい)でもあてがって欲しいのか?」

 母と会話が微妙に噛み合っていない様子なので私は説明する。

「昔、母上はおっしゃられてましたよね。子供がどこから来るのか聞くと、コウノトリが運んでくると」
「……あ、あれはだな……」
「なので私の元にも運んでもらおうと思いまして。どこに話を通せば良いのですか? 行政に行けばよろしいですか?」
「……」
「……母上?」
「お……」
「お?」
「お父さんに聞きなさい」
「わかりました」

 と、私はスマホを取り出して父へ連絡をしようとすると母が手をかざす。

「待て。日本へ行った時に聞くのだ」
「何故です?」
「サプライズと言うモノだ。びっくりさせてやれ」





「と言う訳でサプライズだ。父上」

 その後に来日して二週間ほどして、ショウコは父の名倉翔に連絡を取った。

「コウノトリに頼んで、子供を運んできて欲しい」
「…………舞子。とんでもない事を押し付けてくれましたね」

 名倉は説明をこちらに丸投げした妻に、ボソっと悪態を吐く。
 ショウコが日本に来て、父娘で顔を会わせるのは実に15年ぶり。
 その開口一番の話題が、子供が欲しい、と言う事なのだから、どういう事だい? と名倉が聞くと、ショウコは母に問うた様に尋ねたのである。

「ショウコ。結論から言うと、子供はコウノトリが運んでくるわけじゃない」
「そうなのか?」
「仕事は何かやっているのかい?」
「空港でスカウトされて、モデルをやることになった」

 ショウコは日本での仕事と住む場所は確保できたと告げる。

「雑誌か。悪くない。お前ほどの容姿なら、収まる所に収まったと言う形だね」

 昔の事で日本に対して偏見を抱いてもおかしくない娘は、普通に順応できている様だ。

「子供の話だったね」
「ああ。欲しいな。出来れば今すぐ、手続きしたい」
「少し間を置きなさい」

 名倉は焦り過ぎだと娘に告げる。

「ショウコ、子供は一人で出来る訳じゃ無いんだよ? 好きな人と一緒に過ごし、もっと良い関係になりたいと思った時に子を育むのだ」
「そうなのか? コウノトリは運んで来ないのか?」
「運んでは来ないね。好きな人はいるのかい?」
「……谷高社長だな。恩人だ。その娘さんも可愛くて好きだ」
「異性は?」
「強いて言うなら、社長の夫さんだな。切実で芯の強い雰囲気は好印象だった」
「他人の(つがい)は止めておきなさい」

 難しいな。と、ショウコは口元に手を当てて考える。

「モデルなら男性も居るだろう?」
「ああ」
「声をかけられた事は?」
「ある。だが、未成年と言うと驚いて距離を取られる」
「ふっふっふ」

 名倉は思わず笑う。それはビジネスマンとしての笑みではなく、心底可笑しいと思った故の笑いだった。

「父上の笑いどころは不可解だ」
「ショウコ、人を見極めなさい」

 まずは自分の時間を使ってまで隣に居たいと思える異性を見つける所から始める必要がある。

「少しでも気になった異性を観察し、自分の気持ちが変わらない様なら隣に居てみなさい。そして、その場所が心地良いと感じたなら事を起こす前にお父さんに連絡しなさい」
「……子供を手に入れるのに、だいぶ手間がかかるんだな」
「だからこそ、お前はお父さんとお母さんの宝なのだよ」

 そして二年後、ショウコは妙な異性と出会う。少し観察して見ようと思った彼は鳳健吾と言う人間だった。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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