第118話 拒絶
文字数 2,082文字
「彼女はダイヤ・フォスター。転勤先のアメリカ支部の社員で、会社都合でしばらくこっちに居る事になった」
「ヨロシクデス!」
「あらあら、ご丁寧にどうも~。鮫島瀬奈です」
オレがダイヤの事を簡単に紹介すると、セナさんはお辞儀をして友好的に挨拶をしてくれる。
二人のサイズは……拮抗している。恐るべしアメリカの血。
「……」
「リンちゃんも」
「鮫島凛香……です」
リンカは少し不服そうだ。しかし……単にオレが連れてきたのが女性だったからと言う感じではない。
「ダイヤ・フォスターデス。アナタがリンカデスカ! ニックスから聞いてるヨ! ヨロシクネ、リンカ!」
「……」
「リンちゃん」
握手を求めるダイヤにリンカは応じようとしない。それどころか躊躇っている様子だ。
「……ま……っちゃう……の?」
リンカは眼を伏せると何かを呟く。
「リンカちゃん? ダイヤは向こうでオレを世話してくれた人なんだ。少し騒がしいけど、これでも一応、四姉妹のお姉さん」
「ニックス、一応はヒドイネー」
「事実だろ」
「……いてない」
「? リン――」
「そんな事は聞いてない!!」
突然、リンカは叫ぶ。オレとダイヤが驚いていると、リンカの頬をセナさんが叩いた。
「リンカ! 失礼でしょ!」
いつもおおらかで、リンカに感謝しているセナさん。そんな彼女が本気で駄目だと告げる母親の眼を見せるのはよっぽどだ。
オレが声をかけようとすると、リンカは顔を伏せたまま部屋を飛び出して行った。
「――ダイヤしばらくここに居てくれ。セナさん、ちょっと外します」
「……お願いね」
額に手を当てて悩むセナさんの言葉を受けて、オレはリンカを追って鮫島家を出る。
「よ、火防」
火防は議事堂を歩いていると正面から歩いてくる
「どうだったよ?」
「生意気なヤツじゃったわ。事もあろうにワシに意見を返してきおった」
「あらら、ホント。それはだいぶ成長したねぇ。昔はお前の足に隠れてたのに。彼氏の一人でも居るんじゃなーい?」
「あん? 何を言うとる?」
「え? 甘奈ちゃんの話だろぉ?」
阿見笠は火防が件の会社にわざわざ出向いたのは喧嘩中の娘さんに会いに行ったのだと解釈していた。
「……んなわけあるかい」
「はは。お前は嘘が下手だよ。昔から」
それがいいんだけどな。と阿見笠は笑う。
「お前も嘘が下手じゃ」
「いいんだよ、オレは。お前みたいにボスの席には興味は無いし」
その言葉を証明するかの様に阿見笠は特別な役職には何もついておらず、総理直下の党に席を置くだけである。
「お前みたいに国の為に何かをしようと思う気力もない。なるべく楽して生きたい、がオレのスローガンだしな」
「はっ。相変わらず面倒くさいヤツじゃ。ならなぜ、六年前に辞めんかった?」
六年前、阿見笠はここを去るつもりだった。しかし、火防の前総理への追求を聞き、残留を選んだのである。
「ボスは恩人だからねぇ。お前じゃ細かいのは無理でしょ? それに送り出されちまったからなぁ」
“大丈夫、行ってきて。貴方が戻るまであの子は私が護るから”
阿見笠は最後まで過去と未来を天秤にかけていた。拮抗する天秤に決定力を与えたのが最愛のヒトの言葉である。
「ホント、良い女だよ。過去を追えって背中を押してくれたんだ。なら中途半端はいかんでしょ」
「……まったく。お前は今、寝てる虎に石をら投げてる状態じゃ。理解しとるのか?」
「クリーンヒットしないように気を付けるよ」
ありがとな、と阿見笠は火防の肩に手を置いて歩いて行く。
「ちょっと待てや」
ん? と阿見笠は足を止めると火防は一枚の名刺を手渡す。
「鳳健吾?」
「訪問に行った時に交換した。『神島』の事を聞いたが知らんと言っておったわ」
「なるほど。多分、嘘だね」
「ああ」
火防としては阿見笠がさっさと政界を去る事は己の利になる。同時に『神島』の注目も集めてくれるなら一石二鳥だ。
「ありがとよぉ、火防。一石二鳥を期待してな」
「ちっ、本当に面倒なヤツじゃ」
彼の意図を理解した上で阿見笠はケンゴの名刺を持ち、歩いて行った。
あの時の不安が甦った。
海外に行くと言う彼の言葉。
突然過ぎて、何も理解できず、何も受け入れられなかった。
三年間の悪夢。心の空虚がどんどん大きくなり、生きる事にも意味が見出せなくなる程に何を失ったのかを痛いほど理解した。
ソレがまたやってきた。
帰って来てくれたのに……また……彼が消えてしまう……
「なんで……あたしは……居てくれるだけでいいのに……」
自分勝手なのは解っている。そうなったとしても受け入れなければならない。
いつまでも彼の後ろをついて回る子供は卒業しなければいけないのだ。
頭では理解している。しかし、心は……誰も居ない隣の部屋を強く拒絶してしまう。
「……無理だよ」
彼の笑顔を、引いてくれる手を、優しい声を、その全てを失うなど……絶対にイヤだ……
「やっぱり、ここに居た」
しかし、彼は当然のようにあたしを見つけてくれる。