第458話 どうかお側に

文字数 2,395文字

 アヤさんを羽あげた後にオレは登頂を開始し、二度ほど落ちて、三度目のトライでようやく登りきった。ゼーゼー……
 海外に居たときにヴェイグとやったパルクールとはまた別の技量が必要だと思いつつ、外塀に捕まりながら、ゼーゼーと乱れた息を整える。

「ゴルルア!」
「ったくよ」

 熊吉の唸り声から未だに交戦中であると悟り、外塀に登りそのまま母屋の門へ伝っていくと、アヤさんと熊吉を発見。
 うぉ!? 熊吉のヤツ昔よりも一回りデカくなってやがる! 成長し過ぎだろ、ダークネス・プーさんめ!
 そして、アヤさんはそんな熊吉の突進を迎え討つ形を取っていた。いやいや、流石にソレは無理だよ――

「とう!」

 オレは外塀の上からジャンプ。そのまま熊吉の上に突進を阻止する様に着地する。

「よう、熊吉。久しぶりだな」





 急に増えた重さに熊吉の突進は鈍った。

「金太郎だと思うなよ? お前を全力で殺りに行くぜ」
「――」

 この声は覚えている。この身を退けた三人の内の一人――

 熊吉の脳裏には最初にジョージと相対した時に、絶妙にこちらの間を殺ぐ動きをしていた青年の事を思い出す。

 コイツが居なければあの時にヤツを食らい、この因縁は今まで続かなかった。

「ガァァァ!!」
「おっとっと」

 アヤへの突進を止め、熊吉は背に乗ったケンゴを振り落とす様に暴れた。

「誰だって背中に乗られるのは嫌だもんな」

 ケンゴは不慣れな体勢で落ちる前に自ら離れる。そこへ熊吉は突進しケンゴへ食らいかかった。

「ケンゴ様!」

 アヤは叫ぶ。踏み込みは……足が動かない。
 熊吉の突進と食らいつきをケンゴは小手を着けた腕で受ける。体重差故に塀まで押されて行く。

「お前から近づいてくれるのは助かるぜ。熊吉よ」

 ケンゴは後ろ腰からナイフを取り出すと至近距離の熊吉の肩に突き刺す。

 無駄だ。この程度では止まらぬ!

「お前、今アドレナリン出まくってるだろ?」

 熊吉はナイフの刺さった肩に力が入らずに突進の体勢を、ガクンと崩した。
 ケンゴは的確に肩から腕を動かす為の筋肉の筋を貫いたのだ。

「もう、その右腕はジジィの分な。ジジィが両利きじゃなかったらホント大変だったんだからね!」
「グルルル!!」

 だが! この牙は決して離さぬ! このまま、か細い腕を噛み砕いて――
 シュッシュッ……

「!!!? グォォォアア!!?」

 ケンゴのファブリーズの噴射に熊吉は刺激臭から反射的に牙を離すと身体を仰け反らせる。

「あ、ごめん。そんなに効くとは思わなかった。ミントの香り。そんなに嫌い?」
「グゥゥゥ……オォォォアアア!!!」

 二足歩行で立ち上がる熊吉は怒りのままに本気でケンゴへ襲いかかり――

「よっと」

 唐突に目の前で小石の様に縮こまったケンゴにつまづいた。その瞬間、熊吉は理解した。これは……昼間にヤツに投げられた時と同じ――

「『背落とし』」

 倒れる相手の腕を取り、その勢いを加速させて背中から落とす古式。ケンゴの持つ古式の中で、二番目に洗練された術だった。

「グォア!?」

 背中から落とされた熊吉は己の体重に比例する衝撃を受け、本日二回目となる仰向けになる。

「1ダウンか? それとも、もう終わりか?」

 投げた際にその肩からナイフを引き抜いたケンゴは、倒れた熊吉を見下ろす様にそう言った。





 人間は大型動物を相手にする時、銃を持ってようやく対等だと言う。だが、そんな武器さえも無い時代と、持てない人々がいた。
 その時、彼らは全てを諦めたのか?

 否。

 彼らは底辺の底辺で編み出した。力を持てない自分達が生き残るにはどうすれば良いのかを。
 弱き者たちは寄り添い知恵を絞り、あらゆる存在を観察した。永い永い歳月の中で僅な光を得た。

 『弱式』と名付けられたソレには流派も無ければ書物に起こすことも、革新させる天才も居なかった。それ故に弱き者たちが少しずつ修正して行くしか無かったのである。
 そして、永い歳月の果てに『弱式』はようやく実を結ぶ。
 ソレが実用的になったときには、既に100年の時が流れており『弱式』は『古式』と名を改めた。





「……凄い」

 アヤは目の前で起こった事を全て理解した上で、その言葉が口から出たのは必然だと感じた。

 御父様は言った。『古式』は弱者の為の術だと。“技”ではなく“術”なのだ。
 その本質は戦闘ではない。頭を垂れるしかない弱者がどんな状況でも生き残る術だ。
 だからこそ、強者には体得し得ないモノなのである。

「アヤさん」

 すると、ケンゴ様は倒した熊吉様を尻目にこちらに駆け寄ってくる。

「大丈夫? 怪我はしてない?」
「は、はい……」

 日常的にそう話しかけ、差し伸べる彼の手に思わず自分もそう返事をした。身体も『百歩点所』の反動から回復している。

「立てる?」
「はい。行けます」

 彼の厚意に応える様に差し出される手を握って起こしてもらった。

「オレは咄嗟にこっちに来ちゃったけど、ユウヒちゃんはどうなったの?」
「ユウヒさんは無事だと思います。私が熊吉様を引き受けましたので」
「熊吉様……アヤさん、コイツの事はそんな高尚な感じで呼ぶ必要はないよ」
「しかし……他に呼び方が……」
「プーさんでいいよ。彼はもうディ○ニーから解放されてるし」

 その時、プーさん様が起き上がる。やはり、あの程度では戦意は衰えていない。

「アヤさん。ユウヒちゃんの方に行ってくれない?」
「お断り致します」

 ケンゴ様は私に気を使ってそう言ったのだとすぐに分かった。その証拠にぽりぽりと後頭部を掻いている。

「正直、熊吉はもう詰んでる。死に物狂いで向かってくるよ?」
「足は引っ張りません。ですから……どうかお側に」

 彼は何も言わなかったが、仕方ない、と言う雰囲気から隣に立つことは認めてくれた様だ。

「無理をしない範囲で、ユウヒちゃんとコエちゃんが逃げるまで時間を稼ぐよ」
「はい」

 その言葉は、御父様が隣に立っているかの様な力強さを感じた。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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