第209話 露天風呂(混浴)
文字数 2,466文字
カラカラと女湯側の露天風呂へ続く戸が開かれた。そこから、そーっと顔を覗かせたのは泉である。
胸から膝までをバスタオルで隠し、湯気で視界が50%程の露天風呂を見回す。その後ろからリンカも覗く。
「……誰もいないみたいです」
露天風呂は混浴と言っても、女側と男側で影になる様に大きめの岩でエリアを二つに隔てられている。
「そんじゃ行こうかな」
茨木は、男湯からの人間がまだ居ない事を聞くと露天風呂へすたすたと出て行く。
「カズ先輩! 奇襲があるかも知れないですよ!」
「んなモン気にすんなって」
次に開いた戸から七海が追い抜く様に出て行った。
「露天風呂だけは俺らで貸しきってる。それに混浴に来る度胸のあるヤツ何ていねぇよ。俺がついてんだから気にすんな」
「折角だから満喫しましょう」
鬼灯も露天風呂へ出て行く。一応は全員が身体にバスタオルを巻いていた。
七海は近くの桶を一つ取りバスタオルを外して入れると、近くに浮かばせながら石造りの露天風呂に浸かる。
「……うーん。よし」
先にこちらの最高戦力の三人が行った事で泉も決心がついた。まぁ、来やがったらナニを使用不可にしてやれば良いか、と開き直る。
「あ、泉さん……」
「大丈夫だよ。七海課長もカズ先輩もいるし」
詩織センパーイ、と追いかける泉。
リンカは一応、辺りを見回してから露天風呂へ。七海たちと同じように身体を隠していたバスタオルを脱ぐと桶に入れて浮かべた。
「ちと熱いから気をつけろ」
「んっ……やっぱり良いわね……ケイ」
「熱っち! アタシは足から少し慣らしまーす」
ふいー、と肩まで浸かる七海。
はぁ……と濁り湯を堪能する鬼灯。
もう少しかな、と足から熱さに慣れようとする茨木。
「……」
リンカは濁り湯に手をつける。熱さから、いきなり全身をいれるのは少し厳しそうだ。
「アァ~。コレ効きますね……」
泉はいきなり全身から入り首から下をミネラルが豊富な濁り湯に染み渡らせる。
「疲れが吹っ飛ぶぜ。お土産に入浴剤とかあるから買っていくのも良いぞ」
「箱で買おっかなぁ~」
溶ける様にだらしなくなる泉を見て、リンカも意を決した。
「…………! 熱ッッ!」
「アッハッハ。無理すんなよ、リンカ」
一度、肩まで浸かったが熱さに負けて急浮上。熱ッ熱ッ、と茨木の隣へ。
「アタシらはゆっくり行こうか」
「はひぃ……」
既に茹でダコ状態のリンカは外気に身体を冷やしてから再度挑戦する事にした。
「おお! 良いね! 程よく視界が遮られ、濁った湯も良い味を出している! 外気と温泉のロケーションは久しぶりだな! 日本人のDNAはローマと同じく風呂の精神が刻まれている! 是非とも堪能させてもらおうか!」
そこへ仁王立ちで現れた樹は雰囲気のある露天風呂に声を上げて入ると、オッ!? スッゲ! ウォッ! と何が脳を刺激したのか、語彙力が壊れたリアクションを見せる。
「男の人……いない?」
「大丈夫ですよ、轟さん」
姫野の影に隠れた轟は女だけの露天風呂にほっ、と胸を撫で下ろす。
「うわ。凄いッス! 露天風呂なんて、子供の時に親と銭湯に行ったきりッスよ!」
「大人になると銭湯にさえも行く機会が失くなるよな~」
岩戸と鏡子も遠い昔に見た露天風呂を懐かしそうに堪能しに来た。
姫野は茨木の隣に座り、大丈夫? とリンカを心配する。轟は七海達と同じようにバスタオルを桶にいれると傍らに浮かせて入った。
「……ふーいー」
「お、意外だな。お前は絶対に一発で入れないと思ったぜ」
何事もなく湯船に入る轟に七海は笑う。
「よく、お父さんに連れられて温泉巡りしてたから~。熱いのは平気なの~」
ふと、空を見上げると夕焼けに傾いた暁にうっすらと星が見えた。
「ケイちゃん、あっちってどうなってるの?」
「男どもの方か? 特に変わらないぞ」
「ふーん」
轟は興味本位から男湯から近い――女湯からの死角になってる所を覗くが、囲まれた塀だけが存在し、当然ながら外は見えない様になっていた。
そして、
「やぁ、甘奈君!」
「…………ぴっ!????」
おそらく先に居たで有ろう、黒船正十郎がいつもと変わらない口調で挨拶してきた。
女性陣が露天風呂に入る数分前――
露天風呂は混浴だよ! と言う社長の言葉にオレらは半信半疑だった。
オレは身体を洗いながら隣でシャンプーする社長に問う。
「あの……それって女性陣は知ってるんですか?」
「無論だ! 何せ、この宿を選んだのは七海君と鬼灯君だからね! 夏の連休に宿選びを頼んでおいたのだよ!」
夏……もしかして、シズカをウチに連れてきてくれた時か。あの時からここには眼をつけていたらしい。
「露天風呂は貸しきってあるのでね! 他の客には迷惑にならんよ! 事が起こっても内々で済ませられるし、女性陣も男が入って来るのは理解しているだろう!」
七海課長もえらく挑戦的な所を選んだなぁ。それだけ露天風呂が魅力的だと言うことか。むむむ……混浴とか抜きに行ってみたくなったぞ。
「よし! 露天風呂だ! 一番風呂はあっちと決めている! 真鍋! 箕輪君! 行こうか!」
「俺らもすかぁ~?」
「先に我々が、IN! していた方が後続も来やすいだろう! 諸君らも遠慮せずに来たまえ!」
「……」
真鍋課長はちょっと渋ってるな。
「真鍋ぇ。言いたい事は解る! 真面目な君の考えもね! しかし、本日はイレギュラーな状況だ! ならば我々もイレギュラーになろうではないか!」
「課長ぉ~、社長とだけじゃ~不安ですぅ~」
「解った解った……行きますよ……」
こちらの湯船に入ろうとしていた真鍋課長は上司との付き合いを選び、乗り気ではないが共に行くようだ。
「君たちはどうするかね?」
「あ、オレらはちょっとタイミング見ます」
社長の言葉にオレを含む残りの面々は、湯船に浸かりつつ、少し考えてから行く事にした。ある程度の地位と女性への信頼度の高い三人とは違って慎重に動くべきだろう。
「国尾、程ほどにな」
「OK、課長!」
真鍋課長は国尾さんに一声かけて露天風呂へ向かった。
あ、やべぇ……