第299話 私は帰れない
文字数 2,662文字
『オーケーだ』
『今回も滞りなく』
各国の重役とのオンライン会議は終わり、次々にログアウトして行く中、一つの席がまだオンラインのままだった。
女郎花は切り忘れかと、その席と直通を繋ぐ。
「
『いえ。実にいつも通りでありがたい話です。私たちの様な小さな地域にも声をかけていただくとは』
「それは些か謙遜では?」
『貴方にそう言われるのは光栄です』
白鷺家は、跡継ぎの居なかった地方の爵位を引き継いだ日本の一族だった。
異国で日本の家柄が貴族となる。
明らかに複雑な背景がある事は察せるが、そんなモノが霞む程に白鷺家の存在は無視できないモノとして確立されている。
こうして、レアメタルの分配先になるほどに、現当主は政治的手腕は優れていると言えるだろう。
『こちらも、身内の婚姻が決まり、少しドタバタしていまして。女郎花社長の手間を取らせない会議は勉強になります』
「恐縮です」
『おっと、無駄話をしてしまえば折角の時間が無駄になりますね。それでは失礼します』
そう言って最後の席もオフラインになった。
女郎花は立ち上がるとデータ漏洩に備えて全ての電源を切ると部屋を出る。
「カーシャ。準備はどうなっている?」
イアホンマイクに手を当てるが、ノイズが走るばかりだった。
右手は父と繋ぎ、左手は母と繋ぐ。
私の両手はいつも大好きな二人と繋がっていた。
そんな二人と共に歩く。それが変わらない未来だと疑わなかった。
「――? おとうさん?」
ふと、右手が空いた。さっきまで繋いでいた父の手は無くなり、代わりに赤紐が手首に巻かれている。
「――? お母さん?」
赤紐に気を取られていると左手も空いた。思わずそちらを見ると母は居なくなっていた。
「おとうさん! おかあさん!」
どこに行ったの? 私は赤紐を握りしめる。
周囲はいつの間にか夕暮れとなり、不気味を感じる時間帯。不安になりながらも私は二人を捜した。
「どこ……!」
すると、いつの間にか赤紐も無くなっていた。
「あ……あぁ……」
父と母が消え大切な絆も無くなってしまった。堪えていた涙が流れ出る。
私は……もう帰れない……おとうさん……おかあさん……会いたい……二人に会いたいよ……
その時、手首に何かを巻かれる感触。手首を見ると無くしたハズの赤紐が巻かれていた。ゆっくりと顔を上げる――
「迎えに来たよ、ショウコさん」
そこには、見たことの無い顔――と言うよりは金属質なフルフェイスがこちらを見ていた。
「…………誰だ?」
思わず不安も消し去るほどの疑問が口から飛び出す。
部屋に入ると念のため伏兵を警戒。ショウコさん以外には誰も居ない事を確認し、胸をなでおろす。
ショウコさんはベッドに縮こまる様に膝を抱いて踞っていた。今朝、オレが結んであげた三つ編みは解けており、彼女の淡々とした雰囲気は全く感じない。
そこに居るのは一人の少女だった。
「……そっか」
オレは、ここまで疑いもせずにショウコさんを助けに来た。それは彼女と過去の自分が重なっただけでは無かった。
ショウコさんは、あの時のリンカだった。
一人、寂しそうに誰も迎えに来てくれないと悟っている女の子。
誰かが声をかけなければそのまま暗闇へと沈み、心から笑うことが出来なくなると思える姿だった。
「――――」
オレは赤紐をショウコさんの手を結んであげた。すると、彼女は顔を上げる。
眼が合ったオレは、変わらない声色で言う。
「迎えに来たよ。ショウコさん」
「…………誰だ?」
ショウコさんのキョトンとした返答に、フルフェイスだった事を思い出した。
「あ! オレだよ! オレオレ!」
ここで敵だと思われて、警戒されれば本末転倒だ。オレはフルフェイスを外そうかと思ったが……どうやったら外れるんだ? コレ……
「……ケンゴさんか」
オレが一人であたふたしていると、ショウコさんはオレだと理解してくれた。
「こんな格好をしてるけど……オレです」
「一体、何があったらそんなモノを着て……ここに居るんだ?」
「色々とね。詳しい説明は帰ってからするよ」
聞きたい事は多々あるだろうけど、今は脱出が優先。ここまで来るのにハードな道のりだったが、後は帰るだけだ。
「……すまない。私は帰れない」
ショウコさんは赤紐を見ながらそんな言葉を口にする。
「ここで君と帰っても女郎花教理は何度でも追ってくるだろう。そうなった時、次は……」
今回のように穏便に済むとは限らない。誰が傷ついてしまうかもしれない。彼女が思っているのはそんな所か。
「そんな事、ショウコさんが気にする必要はないって」
「……無責任な発言だな。それは」
「無責任で良いんだよ」
オレはベッドに座って彼女を見る。
「こんなの、どう考えてもおかしい。ショウコさんが犠牲になる必要も無いし、ここに留まる必要もない」
「女郎花教理が執着しているのは私だ。だから――」
「だから、帰ろう」
きっと、彼女には誰かがそう行ってあげなければならないのだ。
「君は一人で戦ったよ。でも、ここからは一人じゃなくていい。今まで、よく頑張ったね」
オレは彼女の頭を優しく撫でる。
この言葉はオレもジジィに言われた時に凄く安心出来たから使わせて貰った。
しかも、スーツ越しなのでセクハラではない。邪な気持ちも無いからな!
「――君は本当に…………眩しいな」
「ホタルみたいな優しい光を心がけてます」
キリッ! と表情は見えないが親指を立ててそう言う。最近は道に迷う子が多いから、命続く限りケツを光らせないとね!
すると、ショウコさんは両手をオレの頬に添えるとそのまま顔を近づけて額を合わせた。そして、眼を閉じる。
「私は……帰って良いのか?」
「君のお父さんとお母さんもソレを望むユニココ(ハズだよ)」
『ようやく音声機能が直ったわい。これで正常じゃ!』
もー、タイミング最悪だよー。サマーちゃん。
「ケンゴさん?」
「ユニココン、ユコーン! ユニユ! ユニユニコ(ホントもう、これ何なのさ、これ! バグじゃん! 完全にバグ!)」
『む? 取り込み中じゃったか。言っておくが一発ヤる時間はないぞ!』
「ユニユニニニニコーン……(女の子が一発ヤるとか言わないの……)」
「ふふふ。あははは!」
と、ショウコさんは正常バグなオレを見て、そんなに笑う? と言うくらいお腹を抱えて笑い出した。
ひとしきり笑った後、笑い涙を払いながらショウコさんが言う。
「帰ろう。ケンゴさん」
「ユニコーン!(皆で焼肉食べに行こう!)」