第568話 敗北宣言しまーす(白旗)
文字数 2,183文字
シフトのローテーションも次に切り替わるので交代要員も戻ってきて、男女比は少し女子が少なくなる形だ。
「戻ったわ!」
そこへ『猫耳メイド喫茶店! 絶賛稼働中!』と言うクラスの手作り看板を肩に担ぎ、手を前に突き出して、バァーン! と言う効果音と共に水間が帰還する。
「外にも宣伝してきたわ! ついでに面白おかしく写真も撮られて来たから! これで今日一日は客足が途絶える事はないでしょう!」
「ありがとー、水間さん」
これが証拠よ! と水間はメモ連絡用に使っている黒板に新聞部のデジカメからプリントされた写真を張り付ける。
それは真顔でVピースや、運動部の出店で程よく遊ぶ猫耳メイド姿の水間が写っていた。
「私は先にエンジョイした様なものだから、このまま引き続き接客をするわ! 水泳部の男子も来るし! 私が居る方がやりやすいでしょう!」
写真を見る感じ、運動部のやっているイベントの出店を全部経験してきたようだ。
それなのに、疲れた様子が全然無いのは水泳部故の体力か……
「休憩しなくていい? ちょっとくらいなら休んでもいいよ?」
「ノープロブレムよ! 丘なんて水中に比べれば空中の様なモノ! そう! 私は水中を日常と化すの! 健康ランドに週3で通いつめて、プールコーナーで常に泳いでるわ! 谷高さん! 来年の夏を楽しみにしておいてね!」
「私は丘に住んでるので敗北宣言しまーす」
ヒカリはどこからか白旗を取り出して振るが、なるほど……強者の余裕ね! と水間には逆に火がつく。ダメだこりゃ、とヒカリはポイっと白旗をゴミ箱に捨てた。
「しかし……徳道さんが殺られるなんて! 大宮司先輩は思った以上に凄まじいようね!」
私が居れば……徳道さんは犠牲にならず……くっ! と水間は拳を握る。
いやいや、死んでねーよ、とクラスメイト一同は的確なツッコミを入れた。
「あら、可愛らしいわね」
「戻りました……」
そこへ、土山に引率されて徳道が戻ってくる。
「土山先生! いらっしゃいませっ!」
「水間さん。貴方は元気いっぱいね」
「これがデフォです! 徳道さん! 無事で良かったわ!」
「あ……うん。ありがとう、水間さん」
ささ、こちらへ。と水間は土山を席へ案内し、コーヒー一丁ぉ! と声を張り上げる。そんな水間を横目にヒカリは徳道へ寄った。
「徳道さん。交代の時間だから文化祭回ろ」
その後ろの給仕室から引き継ぎを終えたリンカも出てくる。徳道の事情はリンカへ説明済み。このまま三人で行く予定だ。
「あ……ごめん、谷高さん。私、少し休んじゃったし、もうちょっとクラスを手伝ってから休むよ」
不可抗力とは言え、迷惑をかけた事は事実として徳道は認識している。自分だけズルは出来ないと思っていた。
「そう? なら、休憩になったらLINEしてね。一緒に『制服喫茶』に行こ」
「うん」
ヒカリはリンカと共に休憩に入る。
文化祭の1日目が来場者を入れない理由として、学校側が外からのゲストをサプライズで呼ぶことが恒例となっているからだ。
体育館では常にどこかのクラスや部活が自由参加のイベントをやっているために常に人が耐える事はない。唯一、昼休憩の一時間はイベントが停止となるが、その後に外からのゲストが御披露目となるのである。
その事は『文化祭の栞』にも書かれてあり、毎年三人のゲストがやってくる事が通例だ。
「え? ショウコさん来てるの?」
「そうなの。私もびっくり……って、あれ? リンってショウコさんと面識あったっけ?」
「ちょっと会う機会があってね……」
詳しい説明は省いて良いだろう。それよりも何故彼女がここに居るのかの説明を求める。
「学校とは関係ない人だよね?」
「なんでも、イベントのゲストって言ってた。体育館の、午後の頭にある『厄祓いの儀』ってのをやるんだってさ」
『文化祭の栞』を確認すると確かに存在している。栞は一通り目を通したが、体育館のイベントには興味が無いのでスルーしていた。
「ショウコさんって、ヒカリの所のモデルさんだよね?」
「看板よ。ママが空港で見つけてフリーだったから即スカウトしたの。ちょっと調べたけど……動画とかもあってそれなりに凄い人らしいわ」
「有名なモデルさんなんだ?」
「いや、『厄祓い』で」
「え? なに? 『厄祓い』?」
「そー、『厄祓い』。こっちが本業だってさ」
衝撃の事実だよねー、ママ説明無さすぎ。とヒカリは呆れる。
『厄祓い』ってそんなにメジャーだっけ? アニメや邦画ホラー映画でしか出てこないイメージ。
「流雲家って言う所。ショウコさんの本名って“流雲昌子”だから。中国では結構有名な『厄祓い』の一族なんだってさ。祝い事に呼ばれるくらいは名は売れてるみたい」
「それって効果あるの?」
「さぁ。でも、本来なら上流階級で披露されるモノがタダで見れるし、折角だから見に行かない?」
普段なら興味は無い所だが……よく考えればあたしはショウコさんの事は何も知らない。
「そうだね、時間を合わせて見に行こうかな」
「オッケー、徳道さんにも伝えとく」
彼女が彼に好意を持っている以上、どこかでまた交わる事になる。
その時に正しい判断が出来るように今は少しでもショウコさんの事を知っておくのは必要だと思っての事だった。