第304話 悲しいねぇ
文字数 2,891文字
血は純粋な日本人だが、両親は中国の国籍を持っていた。幼少期に両親を事故で亡くし、親睦のあった流雲家に引き取られる。
その後は流雲家の古くからの生業である『流雲武伝』を習い、“厄祓い”の舞人を正式に継ぐ。
「しかし、外からの血はあまり歓迎されなかった、と。悲しいねぇ」
舞子の演舞を見る客の中に混じって彼女の詳細な経歴を見ながら、側近者の一人――ワンミンはやれやれ、と息を吐いた。
「美人でスタイルも悪くない。演舞も魅了するには十分過ぎるカリスマ性を感じる。それだけに、悲しいねぇ」
それは古い体制を重んじる中華の一族には良くある事。外よりも内に認められなければ片身が狭く、他に流れる事は許されない。
例え、世界の上流階級に引っ張りだこであっても、家伝側で停止されれば演目を行う事は出来なくなる。
出向先で名倉翔と出会い婚姻。姓も一時期、名倉に変え、演舞を減らした事で亀裂が生まれた。日本で娘を出産し、突然帰って来た事も一族から反感を買った原因だろう。
養父と養母は、舞子が帰って来た事と、孫娘には大変喜んで居た様だが、義兄姉は良い顔をしなかった。
「しかし、頭目を義兄が継いでから、ソレがより表立って出てくる様になった……か。悲しいねぇ」
すると、ワンミンのスマホに連絡が入る。
“完遂せよ”
「了解、ボス」
煙草を取り出し火をつける。
ここはそこそこ大きな民間施設。外は人通りも多く、警護への通報から到着までは30分はかかるだろう。
標的を始末し退却まで十分過ぎる時間がある。
「悲しいねぇ」
ワンミンはスマホを仕舞い、銃を取り出すと舞台で仮面を着けて演目を続ける舞子へゆっくりと向けた。
そして、流れる音楽が佳境に入った瞬間、銃声が響く。
「……やれやれ」
他の客が悲鳴を上げる。その場の全員がワンミンから避ける様に距離を取った。
「こっちは見てなかったよなぁ?」
なんと、舞子はワンミンの一射を演舞に合わせてかわしていた。
ワンミンは舞台に近づきつつ銃撃。それと入れ違う様に場の観客達は民間ホールから我先にと出ていこうと混乱する。
「――――」
二射、三射、四射、五射。
かつて女郎花を殺しにやってきたワンミンは射撃の名手だった。ハンドガンを含めたあらゆる銃のスペシャリストであり、彼が標的を仕留める為に使う弾丸は基本は一、二発。
次のマガジンを必要としたのは女郎花教理、ただ一人だった――
「おいおい。悲しいねぇ」
舞子は射撃の全てを舞いかわす。
よく映画なんかである、銃は距離が近ければ不利、何て言う定説は現実ではあり得ない話しだ。
例え、手の届く距離で銃を突きつけたとしても、引き金を引く指の速度に人の動きが上回る事など不可能だからである。
「人は複数の人格を持っていると言われているが――」
舞台との距離が詰まれば命中率は増す。しかし、舞子は変わらずに流れ続ける音楽に合わせて舞い続ける。
「あんたは怖い
十二発撃ち切ったワンミンは、客の逃げた舞台にて演舞を続ける舞子を見上げる。
舞子は演目用の青竜刀と長布の多い民族着を着ていた。ワンミンが次のマガジンを装填する。
「お?」
その瞬間、舞子は段上からワンミンに対して跳び、横に青竜刀を寝かせて斬りかかる。
模造刀じゃない。流雲の演舞は全て本物で行われる事で有名だからな。
「けど……悲しいねぇ」
人の一動作よりも、引き金を引く方が速い。パンッ! と宙に浮く舞子へ再装填された弾丸が放たれた。
「ソレ、動けんのかよ」
舞子は袖の長布で身体を隠すと宙で半身に逸らした。
堅実に身体の中心を狙ったワンミンの射撃は袖布に穴を空けるに止まり、次の弾を撃つよりも横凪に向かってくる青竜刀をかわす。
「これで詰みだけどな」
舞子は沈むように着地。ワンミンは銃口を向ける。
至近距離。舞子は着地の溜めで動けず、ワンミンは必中距離にて指先だけを動かせば良い。
「悲しい――ねぇ!?」
しかし、ワンミンは咄嗟に銃を横に立てて、横から顔を両断しようとした青竜刀を受ける選択を取った。
着地すると同時に舞子は青竜刀の飾り紐を握り、間合いを伸ばして斬りつけたのである。
「こいつは――」
「――――」
舞子が腕を振るうと青竜刀は読めない軌道でワンミンへと襲いかかる。
しかし、逆にワンミンは距離を詰めた。彼も凡人ではなく、その道のプロだ。CQCは側近者の中でも比肩する者が居ないレベルに洗練されている。
「――――」
舞子は青竜刀を引き戻す。しかし、
「悲しいねぇ」
引き金の方が速い。
渇いた銃声が舞子へと命中。動きが止り、次弾からは避けられない。
と言うのが、ワンミンが確定で見た結末だった。
「……読みはそっちが上か」
舞子はワンミンが間合いに入る前から手と身体を動かしていた。
銃を横にずらす動作と半身になる動作を同時に行い、ほぼ密着状態の銃撃を完璧にかわしていたのである。
引き寄せた青竜刀が舞子の手に戻る。
まだ近い。ワンミンは銃口を舞子へ合わせるだけで良い。それだけでこの距離はかわせない。
「――――」
舞子は青竜刀を振るうよりも蹴りで銃を跳ね上げた。
「やば――」
ワンミンは仮面の奥から向けられる殺意と斜め下から浮き上がる青竜刀の一刀を貰う。
「っ!」
それでも意地を見せ、後ろに引くと浅く皮膚を斬られるに留める。
この距離――そっちは回避が間に合わないねぇ……
「……」
ワンミンは銃口を向けるが引き金は引かなかった。何故なら――
「時間切れか」
いつの間にか仮面を着けた者達が距離を置いてワンミンと舞子を囲んでいた。
民間ホールからは観客は完全に退避し、残っているのは彼らだけである。
「殺る気ならば、“流雲”が相手をしよう」
一際威厳を放つ、仮面の男がワンミンへ告げる。こいつに銃を向けたら……俺は死ぬなぁ。
ヤバい雰囲気がチラホラ感じる。標的も気が整った今では弾が当たる気配は無いし、こりゃ……
「失敗か。悲しいねぇ」
ワンミンは横の窓に向かって走り出す。すかさず舞子は青竜刀を投げようと――
「待て! 舞子!」
ワンミンの置き土産である、閃光手榴弾に視界の保護を優先。静止の声が無ければまともに食らっていただろう。
「全く……悲しいねぇ」
窓を銃撃で亀裂を入れて、ワンミンはホールから脱する。彼が銃で殺せなかった相手はこれで二人となった。
「ミンレイ、ヤツを追え。ウー、他に潜伏してるヤツが居ないか調べろ」
「イエッサー」
「やれやれ……」
「頭目」
妹と弟に指示を出す流雲の頭目――ファンの登場に一番驚いているのは舞子だった。
「何故ここに?」
「居ては不味いか?」
「いえ……」
舞子は困惑していた。すると、それを説明する様にファンが告げる。
「お前の事を“流雲”全体が認めたのだ。今現代においても、二度に渡る舞武を再現した事でな」
「……私は一族の期待を裏切りました」
「父と母と俺はそう思っていなかった。立場上、どうしようもなかった事はすまないと思っている」
そう言い、ファンは舞子を安心させる様に肩に手を置いた。
「お前は我々の家族だ。