第286話 自爆すれば足もつかないでしょう
文字数 2,367文字
それは少し真新しく二階の窓が全て戸で閉められた二階建ての一軒家。表札は『夏』と書いてある。
「ここですな」
すると、家の扉が開き中からテツが姿を現した。
「ヨシ殿」
「テツ殿」
そして二人はガッ、と肘を合わせて友情の深さを再確認。
「くふふ。どうやら、信用に足る人物の様ですねぇ」
その様子を設置された監視カメラでレツは観ていた。
『ナツ。今日はどうしたの? 日記通信はまだ早い時間じゃない?』
「今日は別件じゃ! マザー!」
オレはサマーちゃんの隣に座って件の“マザー”なる人物との通信を一緒に行っていた。
マザーのアイコンは『母』と書かれたド直球な漢字一字のみ。声は中年女性で、落ち着いた雰囲気は良い意味で特長を感じづらい。
知り合いに一人か二人は居る、優しいおばさんってイメージだ。
それよりも、日記通信ってなに?
『夜更かしは駄目よ? お菓子も六時以降は駄目。歯を磨いて九時には寝るように――』
「だー! 隣に人居るから! プライベートを語らんでくれ!」
サマーちゃんの健康管理は大丈夫そうだな。オレが微笑ましく二人の会話を聞いていると、視線に気づいたサマーちゃんが、キッ、と睨んでくる。
ヤベ。マナーモードでも防げないAVメール爆弾送られる。
『お客さんがいるの? こんにちは』
「あ、どうも」
『あら。男の人ね。年齢は二十代後半と行った所かしら』
映像は行ってないハズなのに何で分かるんだろ……
『マザーです。ナツが部屋に上げるくらいだから、きっと私達が『ハロウィンズ』であることは知っていると思います』
全部お見通しか。なら変に取り繕うのは逆に不信感を持たれるかもな。
「マザー! 単刀直入に言う! 『Mk-VI』の起動許可が欲しいのじゃ!」
『駄目よ。アレはまだ試作段階でしょう?』
「プログラムの不全はわしが改善した!」
『試運転は?』
「それは……テツでは無理じゃし、レツでは体力がもたんから……やってない!」
『じゃあ駄目。最低限、100時間以上の稼働実績が無いと許可は出せないわ』
「えー! 大丈夫じゃって! 絶対!」
稼働実績って……何となく『Mk-VI』がどんなモノなのかわかった気がするぞぅ……
『そもそも、何に使うの? お友達に見せたいだけなら動かす必要は無いでしょう?』
「プランを送った! それを見てくれ!」
サマーちゃんはキーボードをカタタと叩くと、何やらデータをマザーの元へ送ったらしい。
『流雲昌子……女郎花教理……『プラント』……ふむ……』
「流雲昌子の奪還に『Mk-VI』が必要なのじゃ!」
どうやら、これからの行動予定をマザーへ送ったようだ。
『“フルアーマー”を使いなさい。それで十分でしょう』
「それじゃ無理じゃ!」
『人一人を助けるならそれで十分よ。自爆すれば足もつかないでしょう』
フルアーマーに自爆……物騒な単語のオンパレードだ。これって現実世界の話だよね?
「しかし!」
「すみません。ちょっと良いですか?」
オレはサマーちゃんの送った行動プランだけでは伝わらないと思ったので、不躾ながら口を挟む。
「ショウコさんは、きっと自分からは帰らないと思います」
『彼女は望んで、女郎花教理の元へ?』
「半分はそうです。ですが、もう半分は違う」
ショウコさんとオレは深い関係ではない。出会って二日も経ってないし、彼女が何が好きで何が嫌いかも知らない。けど……
「誰かが傷つくなら自分が犠牲になる事を選ぶ人です。そんな彼女を一人にさせておくわけにはいかない」
すると、マザーは何か考えているのか黙ってしまった。ちょっと偉そうだったかなぁ……
『……貴方にとって流雲昌子はどんな人?』
「大切な友達です。それに夜に彼女と約束してますし」
『仮に貴方が流雲昌子と再会出来たとしましょう。彼女に拒絶される可能性は考えてる?』
「そんなのは会ってみないと解りません。けど、これだけは言えます。彼女には寄り添う家族が必要なんです」
常にはだ見離さず持っている赤紐は、大切な家族の絆だとショウコさんは言っていた。
未だに名倉課長の心意は解らないが、少なくとも女郎花教理の元に居ることだけは絶対に間違っている。
『……貴方の名前は? フェニックス』
「えーっと……本名って大丈夫です?」
「そこで尻込みするでない!」
今さら個人情報を警戒するオレにサマーちゃんから的確なツッコミが入る。マザーはクスクスと笑っていた。
「鳳健吾と申します。はい」
「映像は映っとらんから、会釈する必要なないぞ!」
「癖みたいなモンだから気にしないで」
社畜は世知辛いのう。と、言うサマーちゃんの年代にとっては遠い話だ。
「マザー! タンカー船にはフェニックスが直接乗り込む必要がある! それには『Mk-VI』が必要なのじゃ! 頼む!」
『……ナツ』
「なんじゃ!」
感情的になると口調が荒っぽくなるよなぁ、サマーちゃん。
『『Mk-VI』の使用を許可します。直ちにフェニックス用にプログラムの調整に入りなさい』
「おおっしゃ! 十分でやる!」
サマーちゃんは隣の画面とキーボードに向き合い、カタカタと始めた。
スカイプは切ってもよろしいので?
『フェニックス』
「あ、はい。許可をありがとうございます。マザー」
残されたオレは改めてマザーへお礼を告げる。
『……頑張ってね』
「? はい。ありがとうございます」
そう言って、通話はマザー側から切られた。
「……」
日本との通信を切ったマザーは背もたれに体重を預ける。
“アイツを迎えに行く。力を貸して欲しい”
“ホントにいいの? だって貴女の方が最初に出会ったんでしょ?”
「アキラ……イグルー。貴方の達の息子は本当に二人に似ているわ」
マザーは、かつて自分を救ってくれた、“他を思う強い意思”をケンゴから感じていた。