第201話 1000円ゲーム
文字数 2,363文字
「すみません……」
オレは男との勝負を独断で決めた事を社長に咎められていた。
「その点では君も彼と同類だ。今回は君の動きから始まった事であり、その責任と結果の全てを自らで取るように」
「……はい」
「待ってください! あたしが……先に手を出したんです!」
「いや! 元はと言えば小生の不徳故の事案! 鳳殿が責任を取るのはお門違い、だ!」
オレを庇う二人の言葉を社長は一蹴する。
「勝負を受ける事を決めたのは鳳君だ。感情的だったとは言え、一度吐いた言葉に責任を持てなければ、それはあまりにも無責任。我々は子供ではないのだよ」
時にはどんな理不尽にも耐えなければならない。社会に身を投じると言うことはそれだけ責任が伴うのである。
「と、まぁ。説教はここまでにしよう。鳳君。正直に言うとね、私もあの様な男は嫌いでね」
と、社長は職員さんに命令して馬を連れて来させている短髪の男を一度見る。
「社長命令だ。鳳君、徹底的にやりたまえ。ああいう輩は心底打ちのめさなければ何も変わらないだろうからね」
「はい!」
馬選び。当然ながら騎乗にて行う勝負であることからも、馬は当人が選ぶのは必定だ。
オレは少し気落ちしているリンカを誘って厩舎へ向かう。
「……」
「リンカちゃん。さっきの事はいいって。君が叩かなかったらオレが殴ってたよ」
「……お前は殴らなかったよ」
リンカはずっと申し訳なさそうにしている。
「……ごめん。あたしが皆の足を引っ張った。折角の旅行なのにこんな――」
そんな彼女の頭をオレはわしゃわしゃと撫でる。
「社長も言ってたでしょ? 勝負を決めたのはオレだよ。キッカケは君でもオレは、友達にああいう態度を取られれば遅かれ早かれ手を出してたさ」
「……でも……」
「何より許せないのは、君に手を出そうとした事だった」
もし、奴がリンカへ暴力を振るっていなかったら、ここまで冷静に会話を選ばなかっただろう。
「だから、気にしなくていいよ。オレも君と同じだから」
「……あ、ありがとう」
目を伏せつつもそう言ってくれるリンカにオレは微笑んで返す。
そして、
「お、いたいた」
「タロー」
一番奥の馬房で水と野菜を食べているタローへ声をかける。
タローはオレら(多分リンカ)を見るなり、耳を立てて、ぶるる、と鼻を鳴らした。
「タローよ。力を貸してくれ。ふざけた野郎にお灸を据えに行く」
「……」
なに言ってんだコイツ、と言う目を向けて耳を垂れるタロー。事情を説明しても理解は出来ないだろうけど、今回の勝負にタロー以外の適任馬はいない。
「タロー。あたし達の我が儘に少しだけ力を貸してくれない?」
「ぶるる!」
リンカの言葉には好意的に耳を立てて鼻を鳴らす。刷り寄せる様に馬房から突き出す頭と首筋をリンカは撫でてあげた。ちっ、現金なヤローだぜ。
「タローを選ぶんですね」
その時、入り口側から声が聞こえ、そちらに目を向けると、タローの事で親身になってくれた職員さんが立っていた。
「えっと……」
「
「あ、どうも。
「
オレとリンカは職員さん、もとい滝沢美久さんに名前を名乗り返す。ん? 滝沢って――
「悪いことは言いません。タローはこの勝負で使わない方が良いでしょう」
「何か理由が?」
神妙な面持ちで提案してくる彼女にオレは聞き返す。
「タローはかつて障害物を担当していました。しかし、兄によって移動馬にさせられたのです」
「どういう事ですか?」
「こんな事になるなんて……もっと早く話しておくべきでした。兄――
「お? 逃げずに馬を選んだか。って、おいおい!」
短髪の男――滝沢甲斐はケンゴが連れてきた馬――タローを見て笑う。
「そいつは障害物を飛べない駄馬じゃねぇか! もう勝負を捨てやがったのかよ!」
勝ち誇った様に笑うカイ。彼は現役で障害物トラックで動いている馬を選んでいた。
「どの馬を選ぶかなんて条件はなかったハズだ」
「まぁ、素人には仕方ねぇか。駄目な奴ら同士で無様を晒していけよ」
「……さっさと始めよう」
カイは笑いを堪える様にコインを取り出した。
「先行を決める。どっちを選ぶ?」
「表」
ケンゴの言葉にカイはコインを弾くとそのまま地面に落とす。
「裏。俺が先行だ」
ヘルメットを着けてカイは先に障害物トラックの入り口へ。ケンゴもヘルメットを着ける。
「おい」
そこへ声がかかり、振り向くとリンカを含む社長、轟、ヨシ君、テツが居た。
「思いっきりやりたまえ!」
「頑張って鳳君」
「写真はお任せを」
「鳳同志! 何かあれば小生を身代わりに!」
そして、最後にリンカが拳を突き出す。
「絶対勝てよ」
「当然」
同じ様に拳を突き出すと手綱を握りケンゴもトラックの入り口へ。
「頼もしいモンだな」
カイが挑発して来るが、ケンゴは一瞥して目を反らす。
「……それじゃあよ、この勝負、1000円ゲームをしねぇか?」
「1000円ゲーム?」
二人の会話しか聞こえない距離になってからカイはとある提案をしてくる。
「最初の掛け金を1000円として、勝負が進む毎に倍々に増やしていく。最低五回勝負だからな。32000円が最低相場だ」
「ドローの場合はどうするんだ?」
「その場合はサドンデスだ。無論、回数を重ねる程に掛け金も上がって行くが……そんなことにはならねぇよ」
ちょっとした小遣い稼ぎだ、とカイは笑う。
「……受けてやるよ」
「決まりだな」
と、カイはボイスレコーダーをケンゴに投げて渡す。
「証拠だ。後で言った言わないはこれで無しだ」
元から用意されていた様子なので、最初からこのつもりだったらしい。
「それじゃ、お先」
カイは慣れた様に馬を駆るとトラックへ入って行った。