第546話 どうか消さないでください
文字数 2,461文字
俺の返答に鬼灯は驚いていた。
片手で数えるくらいしか見たことがない、無以外の鬼灯の表情。驚いた所は初めて見た。
「七海君……私は――」
「俺はまだ子供だ」
俺は何か言おうとする鬼灯の言葉を遮る。
「これから大学に行って、面白そうなサークルにでも入って、新しく出来る友達なんかと楽しく過ごして、いずれは何となく就職する事になる」
「…………」
この容姿や社交的な性格を好いて寄ってきてくれる女の子は沢山居た。
それは悪くない事だ。俺の事に好意を抱いてくれる人は俺も好きだし、一緒に居たいと思ってる。けど、
「自分でも驚くくらいに、何て言うかそれ以上に……鬼灯と離れたくないって思ってる」
「……同情してくれてるだけなのかも。七海君は優しいから」
「鬼灯! 正直に言うぞ!」
彼女は全部教えてくれた。ならば、俺も全て打ち明けよう。
「俺は! 鬼灯の姉さんに近づくために、声をかけた!」
「知ってるわ」
「知ってたんかい!」
「話しかけ方が不自然だったから」
まぁ……我ながら、しどろもどろなファーストコンタクトだったとは思うよ。
察しの良い鬼灯なら、すぐに気がつくか。
「でも、今は……鬼灯未来の事が気になってる」
「……そう。でも……見たでしょう? 私と親身になればなる程、大きなモノを抱えることになるわ」
「なら、俺の事を知ってくれよ」
今思えば、鬼灯は俺に対して何も質問してこない。家族の事とか、好きな物とか、誰を見ていて、誰を追いかけているのか、とか――
「鬼灯と出会ってたったの三日だけどさ。頭の良いお前なら……俺が今、誰を見ているのかわかるんじゃないか?」
「――――わ、私は! 貴方に……貴方の人生の……負担になりたくないの……」
鬼灯は顔を伏せて初めて感情的に叫んだ。
俺はソレが嫌いだった。キザと言われるかもしれないが、女の子が苦しんで泣く所なんて見たくない。
それが……共に年を取りたいと思える子なら尚更だ。
「並大抵の事じゃないのは解ってる。それでも俺は……お前の隣を立候補するよ」
その言葉に鬼灯は顔をあげると、やはり泣いていた。やっぱり涙は嫌なものだ。だからきちんと言わなきゃな。
「鬼灯未来さん。俺と付き合ってくれませんか?」
「――――…………はい」
鬼灯は涙の残る眼で嬉しそうに笑うと、そう返答してくれた。
「……神様。もしも、今見ているのでしたらお願いがあります」
鬼灯梨乃は、ミライが病室に置いて行ったユニコ君(クリスマスver)を忘れ物だと思い、追いかけた所で連絡橋で行われている二人の話を扉越しに聞いていた。
「この記憶だけは、どうか消さないでください」
あの子が幸せになるこの瞬間だけは決して忘れたくなかった。
『ってことで付き合う事になったのさ!』
「そうか」
その夜。大宮司亮は勉強をしている所にノリトからその様な連絡を受け取った。
『それにしても、お前と鬼灯が同じ高校だとはな』
「塾では制服だったんだろ? わからなかったのか?」
『黒のブレザーなんて、どの高校でも似たようなモンだろ? それに俺は女の子を中身で見るからな!』
「話しかけた理由が、姉絡みだった癖によくそんな事を言えるな」
『うっ……中々に痛いところを刺してくるじゃない、リョウ君……』
やれやれ、とリョウは移り気の激しい親友に改めて呆れた。
「それで、何で連絡したんだ?」
『ふっ、彼氏として彼女の学校生活の様を知りたいと思うのは悪い事かね?』
「プライバシーは彼氏彼女の間でもあると思うぞ」
『いや! ほらそこは友情パワーで何とか誤魔化す! リョウ君やーい、俺の彼女は学校ではどんな感じ?』
基本的に彼は女の子と付き合っていても、自分から積極的に知ろうとはしなかった。冷静に対応するのがデフォルトだったのだが、今は浮かれまくっている。
どうやら、かなりのゾッコンらしい。あのマシンガールの鬼灯に。
「まぁ……強いて言うなら神様だな」
『なに? まぁ、鬼灯は見た目が女神だが、笑うと主神になるぞ』
「いや、比喩じゃなくてな。学校では鬼灯に意見する人は教師を含めて誰も居ない」
『……それって裏から支配してるとか?』
「いや、頭の良すぎて、授業が免除されてるレベルだ。出席日数の関係から登校はしてるが、基本的には図書室で本を読んでる」
『ほほーう。流石は俺が見初めた彼女だ!』
「呑気な事を……まぁ、正直言って、神格が上がりすぎて誰も手を出せないってのが校内での扱いだな」
『学校ではどんな感じなんだ? やっぱり、笑ったりしてるのか?』
「……鬼灯が笑うことがあるのか?」
何をしても無表情の鬼灯は、感情が欠落したのかと思う程に表情が変わらない。
『その様子だと学校では――』
「笑わないし、そもそも表情を出す事の方が稀だ」
『あぁ、やっぱりそうなのか』
何があって二人が付き合う事になったのかは知らないが、素直に祝福するべき事だと思った。
「ってことは文化祭は鬼灯はお前を呼ぶ事になるな」
『なんだ? お前の学校って招待制なのか?』
「昔からそうなんだ。呼べるのは1クラス三人まで。鬼灯の立場からすれば願い出たら1枠は確定だからな」
それに、全生徒が謎に包まれている鬼灯の身内の事は知りたがっている。
今までの文化祭では鬼灯は不干渉だったが、親友が彼氏となった事で呼ぶ可能性は十分にあった。
そうなれば相当なスキャンダルになるだろう。
『そうか。リョウ、ありがとな。良い情報だぜ』
「? なんで礼を言われるのか話して欲しい所だな」
『それは確定したらな。そろそろ風呂に入るわ。じゃあな』
「まて、ノリ。これだけは言わせてくれ」
通話を切ろうとした親友へ、必要な事を告げる。
「おめでとう。今度は移り気するなよ」
『ハハハ。お前も気張れよ。卒業まで後、3ヶ月切ってるんだからよ』
「……ああ」
最後に自分にもお節介をかけられた所で、通話を切った。
「…………俺もハッキリさせないとな」
どこへ進むにしても、彼女に対するこの想いには決着をつけなければならない。
文化祭は、そのターニングポイントになるだろう。