第18話 リンカと鬼灯先輩

文字数 2,411文字

「本当に帰って良いんでしょうか」
「ええ。明日から大変になる分、今日は平常運転にしましょう」

 オレは鬼灯先輩と帰りのJRに乗っていた。本来なら僅かな時間さえも惜しいのだが、今回の件の報告と状況を獅子堂課長に伝え、明日から本格的に缶詰めになるだろうと言う先輩の配慮だ。

 泉の奴は、詩織ぜんばーい! 見捨でないでくだざーい! と泣いていたが明日から本格的に手伝う様に上に進言すると口にすると、聖母マリアに祈る信者の様に先輩を見上げた。

 あんたは馬車馬みたいに働きなさいよ、とオレに対する言葉は相変わらず淡白なモノで、最後までイライラさせる(やつ)だったが。

「私が獅子堂課長にも報告しておくから。鳳君は直帰していいわよ」
「何から何まですみません」
「ふふ。リンカさんは元気そう?」

 帰宅ラッシュから少しズレた時間帯。空いている席に座る鬼灯先輩は少し着崩している。

「はい。ちょっとオレに風当たりは強いですけど……元気ですよ」

 オレが海外に行くと決まったとき、鬼灯先輩は申し訳なさそうに、出来ることは無いかと聞いてきた。
 その時、リンカの事を気にかけて欲しいと不躾ながら頼んだのだ。

「そう。よかったわ」

 と、鬼灯先輩は少し気落ちした様子。二人の間に何かあったのだろうか?

「何か言われたんですか?」
「そうね。私が悪いから」

 正直驚いた。八方美人な鬼灯先輩ならリンカとも友好な関係を問題なく築けそうなものだが……

「何て言ったら良いか……」
「ふふ。それ、鳳君の良い所よ」
「え?」

 鬼灯先輩の唐突な言葉。意図を掴めずにいると、説明してくれる。

「社会での関係を優先して身近な人を無下にしない。それが獅子堂課長が貴方を推薦していた理由よ」
「そうですかね……あんまり自覚は無いですけど」
「それで良いの。打算が乗ると勘の良い人には嫌悪されるわ。君はそのままが良い」

 少し恥ずかしい。あまり誉められた経験がないからか、それとも鬼灯先輩だからかはわからないが。

「……私もリンカさんともう一度話をしなくちゃね」
「なら、ウチに寄りますか? この時間なら丁度、帰ってるかもしれませんし」

 心にしこりを抱えたままだと、ミスを起こすかもしれない。オレは気遣いのつもりで提案した。

「それなら……少し寄り道しようかしら」





「……」

 リンカは駅を出た帰り道にて、携帯を手にケンゴとのLINEを見ていた。
 ヒカリは決まった日が早ければ、こちらの都合に合わせられると言っていたのですぐに聞く事にした。したのだが……

「直接でいいか……」

 きちんと会って話そう。あまり残業は無いと言っていたし、夕食でも持って行ってその時に――

「――あ」

 いつものクセで、ケンゴの部屋を見上げたリンカは彼の姿を確認。例の件を話そうと階段に向かうと――

「――リンカさん」

 階段から降りてくる鬼灯詩織と顔を会わせた。





「先輩、駅まで送ります――あ、リンカちゃん」

 オレと鬼灯先輩はリンカの部屋を訪ねたが、まだ帰ってない様子だったので、今日は諦めることにした。
 だが、タイミング良かったのか、リンカが帰って来た所に鉢合わせる。

「リンカちゃん、彼女は鬼灯詩織さんで、オレの職場の先輩」

 オレは階段を降りながら鬼灯先輩を改めて紹介した。
 面識はある様なので不要だとは思ったが。

「……知ってる」
「リンカさん」

 すると、リンカは顔を伏せて脇を抜けると階段を上がろうとした。

「ちょ、リンカちゃん?」

 オレは咄嗟にリンカの手を取る。

「……離せ」
「リン――」

 リンカは泣き出しそうな表情でオレを見た。オレは手を離すと彼女は部屋へ入って行く。

 オレはどうしたものかと、後頭部を掻く。
 鬼灯先輩は申し訳なさそうに彼女の部屋を見上げていた。

「……」

 すると、鬼灯先輩は歩き出す。このまま居てもどうにもならないと思ったのだろう。

「先輩、駅まで送ります」
「ううん。君はリンカさんを気にかけてあげて」
「そのつもりです。よければ何があったのか駅までの間で教えてください」

 オレの提案に鬼灯先輩は今のリンカとの関係について話し始めた。






“こんばんは。貴女が鮫島凛香さん?”

 悪いのはあたしだ。あの人は何も悪くないのに……

“鳳君の件は……本来なら私が行く予定だったの。ごめんなさい”

 その時のあたしは、心がめちゃくちゃで……誰に叫べば良いのかわからなかった……

“おにいちゃんを……返して……返してください……”

 それ以降、今日まで彼女はあたしの前には現れなかった。





「誰が悪いと言うわけではないの。いや……きっと私が悪いのね」

 オレは鬼灯先輩からリンカとの出来事を聞いて言葉が出なかった。

「君の転勤の一件は、社会人にとってはよくある事。でもリンカさんにとってはそうではなかった」
「でも……先輩が悪いって言うのは違うと思います」

 どうしようもない事だった。それに鬼灯先輩はオレを残そうとしてくれたのだ。

「……今回、一番辛い思いを抱えてしまったのはリンカさんだった。どんな理由があっても私が原因なのは変わらないわ」

 違う。理不尽なことはいくらでもある。しかし鬼灯先輩はこの件に関して自分を強く非難していた。
 話を聞いているといつの間にか駅に着いてしまった。

「送ってくれてありがとう、鳳君」
「……先輩。すみません、なんて言えばいいか分からないんですけど――」

 考えがまとまらない。気の利いた言葉が出て来ない。それでもこのまま鬼灯先輩を行かせるのは――

「何も言わなくていいわ。君はリンカさんの味方でいてあげてね」

 そう言って歩いていく鬼灯先輩にオレは反射的に声を出す。

「あの子はとても優しいんです。きっと先輩とも仲良くしたいハズなんだ」

 そうだ。複雑にかけ違っていても、その根底にあるのは互いの後悔だ。
 これはリンカと先輩の両方と話をできるオレにしか出来ない事なのだろう。

「携帯の電源は切らないでください」

 それだけを先輩に言い残し、オレはアパートに走った。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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