第444話 ぼさっとすんな! 死ぬぞ!

文字数 1,980文字

 飛龍が吠えた相手は山から、のそりと現れた1頭の熊だった。
 2メートル半の体躯は立ち上がればどの地上生物も見下ろす事が出来るだろう。その牙、爪、重量はあらゆる存在を平伏させる獰猛さを持っていた。
 隻眼の巨熊――熊吉は銃声が遠い事を聞き、こちらにはソレが無い事を理解していた。しかし、それは本命を狙う動きではない。
 あくまで、次の動きを決める為の様子見であり、状況が悪ければ引く事も考えている。

「ゴルル……」
「ヴヴヴ……ガウ! ガウ!」

 自身の半分以下の生物であるハスキーの飛龍に威嚇するものの、怯まずに吠え返してくる。
 自分の体躯を怯まずに向かってくるモノ……かつて、二度に渡って相対したヤツを思い出す。

「……」

 気にくわない。
 すると熊吉の後ろから、もう1頭の熊が現れた。
 熊吉ほどでは無いにしろ、2メートルは越える体格を持つ熊であり、群はこのクラスだけで構成されている。
 二頭とも十分すぎる程に痩せており、飛龍を餌として見た。

「飛龍ー、どうしたのー?」

 すると、建物から声が聞こえて女児が顔を出す。





 ユウヒの姿を見た瞬間、熊は即座に襲いかかった。四足歩行による突進は乗用車が迫る勢いと同等の圧力がある。

「ガァァ!!」

 咄嗟に横から飛び出した飛龍が、その熊の鼻筋に噛みついた。唐突な奇襲に突撃を停止する熊は腕で振り払うも、飛龍は牙を離してユウヒの前に庇う様に着地する。

「え?」

 咄嗟の事に理解が及ばなかったユウヒはその場にへたり込んだ。

「ユウヒ!」

 事態を即座に把握した七海はユウヒを抱えて、一度母屋へ戻る。コエは反射的に戸を閉めると鍵をかけた。

「ぼさっとすんな! 死ぬぞ!」
「え……あ……あ……」

 ユウヒは飛龍が割り込まなければ死んでいた事を認識し、震えて七海に強くしがみつく。

「ケ、ケイさん……今のって」
「コエ、落ち着け。いいな?」

 七海は冷静に言葉を出す。
 コエまで動けなくなってしまったら本当に身動きが取れなくなってしまう。

「ぶ……武器! 何か武器を――」
「いや、それよりも電話だ。公民館に連絡しろ」
「わ、わかった!」

 すぐに戻るつもりだった三人はスマホを公民館に置いてきてしまった。
 七海は閉めた戸を確認。これじゃ、耐えられねぇな。あの巨体が突撃してきたら簡単に破壊されちまう。

「ユウヒ、聞け」

 七海はしゃがむと、強くしがみつくユウヒの肩を掴んで無理矢理にでも目線を合わせる。

「ビビるのはわかる。けど、今は真っ直ぐ俺を見ろ。何があっても俺が居る。良いか? お前達の側には俺がいる。だから、大丈夫だ」

 恐怖に震えていた瞳は、力強い七海の言葉に色を取り戻して行く。

「……うん」
「いつも通りで頼むぜ、お姉ちゃん」

 七海ユウヒの頭を撫でて安心させると、奥からコエが戻ってきた。

「ケイさん!」
「おう、電話はどうだった?」
「いや、それが……」
「あん?」

 脈略をえないコエの言葉に七海は固定電話の元へ行く。

「……なんだこりゃ?」

 置かれている回転ダイヤル式の黒電話。それは七海でも初めて見るモノだった。

「使い方わかる?」
「全くわからん」
「ばぁ様が使ってるのは見たけど……」
「ホントか!?」
「ユウヒ、思い出して!」
「うーん……うーん……」

 ユウヒは何とか思い出そうとするも、中々情景が浮かんで来ない。

「よし、止め! 考えるのは止め!」

 七海は不確かな事を追及するよりも、今出来る事を選択する。

 取るべき行動は二つ。
 一つ、このまま立て籠る。
 二つ、突破して逃げる。

 正直な所、一つ目が生存率は高く感じるが七海としては悪手だと思っている。熊の数がこれから増える可能性とあの巨体と獰猛さを見るにバリケードは役に立たない。せめて二階でもあればまだ違ったが……平屋の一階建てでは耐えきる事は出来ないだろう。

「突破するぞ」

 七海の次の決断は早かった。
 その素早い決断力は彼女の持つスキルの中で何よりも優れた代物であり、安心させる様な力強さを感じる。
 台所へ行くと武器となるモノ――ではなく、小麦粉の袋を探して手に取った。

「突破するって……熊がいるのよ!?」
「ケイさん……籠城の方が良いんじゃないかな?」
「籠城はダメだ。外から入れる場所を全部は塞げねぇし、バリケードになる家具も少ない。それに、熊が二匹から増えない保証もないからな」

 飛龍の吠える声と熊の唸る声が室内に聞こえる。その戦声がユウヒとコエを怯えさせた。
 そんな二人の頭に手を置いて七海はいつもの雰囲気で笑う。

「心配すんな。絶対に突破できる。俺を信じろ」
「……そうね! 口先だけのレディじゃないってあたし達に証明してちょうだい!」
「はは。俺は一度吐いた言葉は死んでも破らねぇよ」

 前に進む事を選択する七海と(ユウヒ)の力強さにコエも覚悟を決めた。

「ラジカセとCDは置いとけ。俺が熊を怯ませるから、お前達は走る事だけを考えろ」
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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