第172話 俺は君が思ってるより強いよ

文字数 2,521文字

 リョウは外にある水道をひねり、頭から水をかぶっていた。

「にいちゃ……」
「ばう……」

 弟とノーランドの声に蛇口を止める。

「シュン、兄ちゃん。お前を怖がらせただろ?」
「ううん」

 シュンはいつも通りに大好きな兄に突撃する様に抱き着いた。その様にリョウは気落ちしていた心が癒される感覚を覚える。
 ノーランドも側に寄ると、おすわりして心配するように前足をリョウの身体に当てる。

「にいちゃはつよいよ!」
「ばう!」
「――ありがとな、お前たち」

 しゃがんで弟と愛犬の頭を各々に撫でると、嬉しそうな様で返した。

「おう、リョウ」
「ケイさん」

 そこへ、ケイが現れる。リョウは背筋を伸ばすと申し訳なさそうに一礼した。

「俺のせいで客人に怪我をさせる所を止めてくれてありがとうございます」
「ったく、本当だよ。ガタイばかり、でかくなりやがって、(ここ)はまだまだガキだな」

 ケイは笑いながら、とん、と裏拳で軽くリョウ胸を叩く。

「お前はノリトと違って責任感が強すぎる。加えてフィジカルも並ぶヤツが中々いないから変に勘違いしてるんだよ」
「……」
「お前はガキだ。いいか? いくら達観しようとも、自分を見直せないヤツはいつまでも経ってもガキなんだ。大人のフリなんかすんな。認めたくはねぇが、そう言う所はノリトの方が分別をつけてる」

 リョウが他人ではなく己の為に拳を向けたのは今回が初めてだった。
 未熟。いくら力を持とうとも、己を律する事が出来なければそれは暴力でしかない。

「まぁ……俺もお前を少し甘やかしてた所もあるから、これ以上は強く言わん。俺の言いたい事はわかったな?」
「はい」

 姉弟子の喝にリョウは迷いは残るが前に進む眼でハッキリと返した。

「オーケー、そんじゃ戻るか」
「え……でも俺は……」
「なにビビッてんだよ。鳳に気を使ってんのか?」
「……怖がらせてしまうと思います」
「んだよ。鮫島ちゃんの方かよ」

 図星を言い当てられてリョウはあからさまな反応を見せる。ケイはニヤニヤしていた。

「確かにおっぱいでけーし、保護欲を駆られるような雰囲気してるよな、あの娘。お前がストライクする理由も解る」
「そ、その事はあまり……」
「わかってるよ。鮫島ちゃんの方も保護者がちゃんと叱ってたからな。何て事はないって顔を出してやれ」
「は、はい」
「もっと青春しろ。ははは」
「青春ですか?」

 と、道場に戻ろうとした所で第三者の声が聞こえた。





 現れた天月は程よく息が上がり、身体は温まった様子だった。

「何かあった様ですね。俺の方は走ってたら色んな人に写真をせがまれまして、戻るのに三十分くらいかかりましたよ!」

 リョウー、草入れるごみ袋どこだっけ? とノリトもその後ろから現れる。

「そのままフェードアウトしてくれても良かったぞ」
「そんな訳ないでしょう! しかし、少々立て込んでる様子ですね」

 天月はリョウを見て何かを察した。

「君は少しガス抜きが必要だね、青年」
「大宮司亮です」
「おっと、天月新次郎だ」
「知っています。テレビで良く見ました」

 もはや決まった流れのように誰しもが天月を認知している。知らない人が珍しいレベルでの有名人なのだ。

「君は内に愛を抱えてる。凄まじい量のね。それが許容(キャパシティ)を超えて漏れだしているのだよ」
「……ケイさん」
「まずヤツに全部喋らせろ」
「一度、全力で心も身体も発散するべきだ。良ければ俺が相手になろう」
「よし、リョウ。ヤレ」
「いや……でも……」

 姉弟子と師範以外で自分の全力を受け止められる人間がいるのか? それとヤレのニュアンスは“殺す”の方だった気がする。

「大丈夫だ、リョウ君。俺は君が思ってるより強いよ」
「本人がこう言ってんだ。派手にぶっ殺せ」

 キラッと歯を光らせて笑う天月に、ハッキリと殺れと言う姉弟子。

「は、はぁ……それでは」

 まだ身体は先ほどの組手から高揚したままだ。仮屋の時以上に全力を出せるだろう。





「あ、また外れ」
「今月も二人外れかぁ。もう二年も当たらないっておかしいよねー」

 オレはリンカとPS5の月一の抽選の結果を見ていた。転売ヤーどもめ。店頭販売をしない事を良い事に買い漁りやがって。こうなったらジジィをそそのかして殲滅してやろうか!

「鳳君」

 時間と七海課長を気にしながらリンカと話をして待っていると、シモンさんが声をかけてきた。

「なんでしょう? あ、正座しなくてすみません……」
「いや、それは楽な姿勢で良い。一つ聞きたいんだが……良いかね?」
「? どうぞ」
「君は『神島』と関わりがあるのかい?」

 リンカは頭に疑問詞をつけて、神島? と首をかしげる。オレは少し悩む。悩んだ末、

「まぁ……血縁です」

 シモンさんの潰された片眼を見て、偽る事はしないと決めた。

「そうか。なら、さっきのは“古式”だね?」

 さっき……大宮司青年を押さえてたアレか。やっぱりバレるよなぁ。

「すみません、シモンさん。それ以上は怖いジィさんがやってくるので、謹んで貰えれば……」
「! ああ。わかった。なら最後に一つだけ。嫌なら答えなくていい。『神島』は今も現役なのかい?」

 それは日本の裏側を知る者しか出ない質問である。まぁ……シモンさんはジジィに挑んだわけだし、その辺りの事は触れてはいるか……

「『神島』は機能していません。けど、効果は残ったままです」

 少し遠回しだが、これ以上はちょっと語れない。

「そうか」

 と、シモンさんも察してくれたのかそれ以上は聞かなかった。変わりにリンカの視線が刺さる。

「えっと……何でしょうか? リンカ様」
「別に」

 スッと眼を反らしてスマホへ。うぅ……すまないリンカ。セナさんの年齢と同じで、知らない方が良い事なんだ!

「か、帰りになんか買ってあげようか?」
「いらない」

 駄目だ。変に何か言っても逆効果にしかならない。シモンさんは考え混んじゃったし……誰かこの気まずい空気を変えてくれ!

「良い道場だね!」

 戸が開き、そこから愛戦士が帰ってくる。あ、忘れてた。そう言えばオレは七海課長と天月さんの決闘を見届けに来たんだった。

「さぁ、リョウ君。きたまえ」
「リョウ、遠慮すんなよ」
「……わかりました」

 え? 何? ターミネーターとメダリスト戦うの? 外で何があったんだ……?
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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