第200話 恥ずかしくないのか?
文字数 2,063文字
自分を心から理解してくれる者達。彼らへ少しでも何かしたいと思うのはテツの人間性が良いモノだからなのだろう。
故に少しだけ警戒心を疎かにしてしまった。
「おっと――すまぬ」
ケーキを取り終えて振り向いた拍子に短髪の男とぶつかってしまった。その男は別の人にぶつかってしまい、少しだけ服を汚す。
短髪の男はぶつかった他の客に、大丈夫です、と笑顔を作るがテツへ顔を向けるとその表情を険しくした。
「おい、豚」
「は、はい!」
テツの背筋に凄まじい悪寒が流れた。それは学生時代から今日はまで何度も向けられた、自分に対する嫌悪の目だった。
「テメェのせいで服が汚れただろうが。どうしてくれるんだよ」
「ど、どうって……」
「は? 口答えか? それに豚が人間様の物を食ってんじゃねぇよ」
短髪の男はテツの持つお盆を叩き落とす。ケーキは床にぶちまけられた。
「す、す、すみません……」
「土下座しろ」
有無を言わせない圧力にテツは膝を折った所で、
「恥ずかしくないのか?」
リンカがその場に割り込む。
少しだけ騒がしくなったのを見て、オレはテツと他の客が揉めている様子を確認。テツは誤解されそうな容姿をしているが、オレらがフォローに入れば良いだろう。
しかし、相手の方が乱暴にテツの持つお盆を叩いた。ケーキが床に落ちる。
“土下座しろ”
そんな言葉が聞こえてオレは間に入るべく行動を――
「鳳君、ヨシ君。待ちたまえ」
席から社長から声がかかる。見ると立ち上がろうとしたヨシ君にも静止をかけた様だった。
オレは理解できなかったが、トップの命令に次の行動を躊躇わされる。
しかし、オレの横をリンカが歩いて抜けると二人の側まで歩き、
「恥ずかしくないのか?」
と、言った。
短髪の男は現れたリンカに好意的な笑みで応じる。
「すみません、お客様。この様な不躾な者を引き入れた事を謝罪いたします」
男の言葉にリンカはため息を吐く。
「貴方だよ」
「はい?」
「人を見た目で優劣をつける。少なくとも、あたしとこの人は同じ客だ。貴方は自分のやってる事を恥ずかしいと思わないのか?」
「お嬢さん。これは大人の事情と言うモノでありまして、下がって頂ければ――」
「申し訳ない!」
男とリンカの口論を止めるようにテツは土下座して声を上げる。
「全て! 小生が悪いのだ! これで気分を抑えてくだされ!」
「彼もこう言っておりますし」
勝ち誇った様な男の笑みにリンカは心底嫌悪を感じた。
「落ちたケーキはお前が掃除しろ。普段は何やってるのかわかんねぇ豚でも残飯の処理くらいは出来るだろ?」
その時、短髪の男の頬をリンカは平手打ちする。パァン! と言う音が空間に通り、場が静まり返った。
「人として最低なヤツだよ! お前!」
リンカは本気の怒りを宿した目で男を睨み付けた。
「……調子に乗るんじゃねぇぞ。ガキが!」
男はリンカに向けて返す様に反射的に平手打ちの手を振り上げて、
「おい」
振り下ろされる前にケンゴがソレを止めた。
「――気どりか?」
「あ?」
「王様気どりかって聞いてんだよ」
オレもリンカと同じだった。目の前で友達がここまで卑下されて、黙っている事など出来ない。
「おい、手を離せ。お前……誰に意見を言ってんだ?」
「勘違い野郎にだよ」
オレは男の手を離す。
騒ぎを聞きつけてやって来た職員さん達は、男の姿を見るなり、どうしたものかと、現場に入ることを躊躇している様だった。
「全く……これだからさっさと譲れってんだ……」
男がボソっとそんな事を口にする。
「兄さん! 止めて! お客様へは私達が対応するから!」
と、第一厩舎でオレらと共にタローを気にかけてくれた職員さんが近づいてくる。
「馬の世話しか出来ねぇお前は黙ってろ! お前らが不甲斐ないから、豚が紛れ込むんだろうが! 同じ事を繰り返されたらよ、こっちも建前ってのがあるんだよ」
男はテツから標的をオレとリンカに変えた。
「お前、馬に乗れるか?」
「は?」
「こう言った口論は互いに納得する形には収まらない。正直な所、テメェもガキも豚もぶん殴って追い出したいところだが……ここは牧場だ。それなりのギミックで勝敗を決めようぜ」
勝ち負けを決める事でどちらかの意見を問答無用で通す事が出来ると男は告げる。
「俺が勝ったら豚は出禁。お前とガキは今日から一年間、ここでタダ働きして貰う」
「なら、オレが勝ったら。お前は二度とこの牧場に現れるな」
オレの条件に男は、はっ、と少し苛立つ様に笑った。
「いいぜ。それじゃヤルって事で良いんだな?」
「ああ」
その言葉に男は、ニィ、と笑う。
「それなら馬には乗れんだろ? ついて来いよ」
ケンゴは男に連れられて平屋の外の馬が走り回る二つのトラックへ連れて来られた。
「勝負の内容は障害物と競走馬の二つだ。障害物は乗り越えた障害の数で勝敗を決め、競走馬は先にゴールした方の勝ち。お前が好きな方を選べよ」
「障害物の方でやってやる」
「オーケー」
男はニヤリと笑い、詳しい説明を始めた。