第588話 あべし!

文字数 2,286文字

「それじゃ、俺は店に戻るから」
「ありがとうございましたー、大宮司先輩」
「本当に助かりました、先輩」

 校内の生徒が六割は体育館へ向かう様子と反対に歩く三人は各々の場所へ戻る事になった。
 大宮司は『制服喫茶』に戻り、リンカとヒカリは『猫耳メイド喫茶』へと戻る時間である。

「鮫島」
「はい?」
「そろそろ、鬼の面は外して良いと思う」
「あ、そうですね」

 指摘されてリンカは面を外すと、念のため腰に装備しておいた。まだ油断ならない。後に校舎までやってくる可能性もある。

「二人とも時間があれば『制服喫茶』にも来てくれよ」
「はーい」
「時間を見つけたら一番に行きます」

 そう返すと大宮司は、じゃあな、と階段を上がって行った。

「さーて、仕事仕事」
「次は……終了ギリギリまでだね」

 今日は行けるかどうか微妙なところだ。最悪、明日でも良いだろう。

「谷高さーん」

 クラスに戻っていると廊下の正面から徳道が声と手を上げていた。
 徳道さん、あんな声を出せるんだー、と二人して微笑ましく感じる。

「良かった……谷高さん。やっと見つけた」
「? スマホはオーケーだから、連絡してくれたら良かったのに」
「それが……昨日充電し忘れてて切れちゃって……」
「あらら」

 徳道の性格から賑やかな体育館には近づいても入れなかっただろう。見たところ、随分と校内を捜し回ったようだ。

「今から、大宮司先輩の所に行こうと思うんだけど……」

 タイミングが悪い。本来は同じシフト時間であるが、一度気を失った徳道とは微妙にズレてしまっている。

「うーん。徳道さん、ゴメン。今からさ――」
「行ってきなよ、ヒカリ」

 徳道の事を友達として知るリンカはヒカリにそう告げる。

「クラスの人たちには、ヒカリは宣伝に出てるって話しとくからさ。今、体育館に人が寄ってるし、店に人数は必要ないよ」
「いいの? 甘えちゃうわよ?」
「いいよ、いいよ。三年生のクラスに向かうなら今が一番タイミング良いと思うからさ」

 文化祭が終わりに近づくと、各学年のクラスには各々生徒が戻ってくる。その時の三年生の領域に一年生だけで踏み居るのはかなりのプレッシャーがあるだろう。
 大宮司先輩を前にして気を失う徳道さんはソレに耐えられないと思う。

「鮫島さん……ありがとう」
「気にしないで。文化祭だしさ」

 じゃあね、とリンカは一足先に『猫耳メイド』へと戻る事にした。

「リン……背中で語るようになったわね」

 そんな親友を称賛するようにヒカリは呟き、徳道と階段を上がって行った。

「ホントにヒカリは、いちいちオーバーだなぁ」

 その台詞を聞こえていたリンカは、やれやれ、とその姿を見送ると一足早く猫耳を頭に着けて店へ。すると、

「ん?」

 店の入り口が見えてくると、店内から妙な雰囲気が感じられた。なんと言うか……早朝の朝日のような清々しさが――

「戻ったよ」
「あ! 鮫島さん!」

 クラスメイトが良かった! と言いたげにこちらを見る。

「谷高さんは?」
「ヒカリは宣伝に出たよ。三年生のクラスに回りに行った」
「なん……だって……」
「一体どうし――」

 と、清々しさの根源を見ると、

「ふむ……悪くない店だな」

 ショウコが席に着いて店内を眺めていた。





 その存在の来店は正にイレギュラーだった。
 文化祭の初日は生徒間で行われる予行練習の様なモノ。故に外部からの客は来る筈が無いと思っていた矢先だった。

「一枚頼む」

 流雲昌子の来店。
 体育館のイベントに吸われた客足によって、閑古鳥の鳴いていた『猫耳メイド喫茶』は適度な休息タイムとして程よく駄弁っていた所に別次元の存在が現れたのだ。

 チケットを持っているので正式なお客だ。
 しかしそれは、二次元の前に三次元の者達が現れたに等しい格差。まるで別の生物。咄嗟に対応したのは、調子を取り戻した水間だったが、

「あべし!」

 と、目の前に立った瞬間、ショウコから向けられた極光に、カァァァ! と呑まれた水間はザコ死の様な声を発してモノクロになり機能停止した。
 何とか男子クラスメイトの石井がヘルプで初期対応をし、芸術品を取り扱うかの様に恐る恐る席へ案内し、メニューを手渡したが、

「コーヒーを頼む」
「ひょ、ひょわい!」

 また、カァァァ! と極光に呑まれた。
 向かい合うだけで呼吸も考えてしまう程にショウコの雰囲気は桁外れのモノだった。





「と、言うことなのよ。既に水間さんと石井君が極光に殺られたわ」
「また死人が出てる……」

 給仕室の中で事の経緯を説明されたリンカは魂の抜けた水間と石井を見る。

「私の……負の部分が……根こそぎ……消え……た……? 私は……誰……?」
「駄目だ……アレは駄目だ……陰キャの僕には……耐えられない……僕自身が……消え……る……」

 大袈裟な様子だが、二人とも冗談を言うような性格ではない。
 何だかとんでもない事になってるなぁ。

「谷高さんが知り合いみたいな所を見てる人が居たから、対応を任せようと思ったんだけど……」
「コーヒーは出来てるの?」
「ええ」
「じゃあ、あたしが持っていくよ」

 他に比べてリンカは、まだ平気な方だった。

 確かに触れるとそのまま呑まれそうな雰囲気を出しては居るが、なんだろう? ショウコさんの違う面を知ってるからかな? なんか平気なのだ。

「ありがとう、鮫島さん」
「気にしないで。皆で出来ることをやろうよ」

 リンカはコーヒーをお盆にのせて給仕室を出る。
 それに……彼女には聞きたい事があったのだ。

「お待たせしました、お嬢様」
「ああ、ありがとう――ん? 君は――」
「お婆さんのお店以来です。ショウコさん」

 “厄祓いの儀”の後半の唄。その意味を――
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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