第608話 心、か……
文字数 2,003文字
今、小生が入店し、今席に着いてる店の名だ。名前から察せる通り、店員となる生徒たちが何かしらの偉人のコスプレをして接客をしている。
新撰組、帝国軍人、ナポレオン、ユニコ君。
中々のラインナップだ。しかし、少しわからない部分があるので、メニューを持ってきてくれた暮石殿に問うとしよう。
「暮石、殿! 一つ聞いて、も! 良い、か?」
「何でしょうか?」
うむ。良い笑顔。小生の存在に対しても変わらない笑顔は彼女の性格を表していると言えよう。
「貴女の帝国軍人、は! 誰をモデルにしているの、だ?」
「山口多聞ですよー」
平然とその名が出てくるとは……中々に渋いチョイス。でも、ハチマキの大和魂は違くない? 聞いてみるか……
「で、は。その大和魂、は?」
「山口多聞の心です」
ふんす、と自信満々に鼻を鳴らす暮石殿。
「心、か……」
某死神漫画の破面のNo.4のセリフをここで口にする機会があるとは。文化祭……中々に小生に刺さる舞台である!
「メニューはどうなされますか?」
「う、む」
暮石殿に言われてメニュー表を開く。
ミルメーク……100円
ココア……100円
カフェオレ……100円
抹茶オレ……100円
偉人との対面お話……200円
むむむ! 昔懐かしきミルメークがある! これは世代がバレてしまうが、知らぬ者は興味本意で頼み、知っている者も懐かしさから頼む! 三日と言う文化祭において、眼を引く飲み物である事は間違いない! 隣の教室が家庭科室の様だし、それなりの飲料水を用意出来るようだ!
「お勧めは“偉人との対面お話”となっています」
「ミルメークで」
「お勧めは“偉人との対面お話”となっています」
「え? ミルメーク……」
「お勧めは“偉人との対面お話”となっています」
く、暮石殿が同じセリフを繰り返すbotと化した。ちょっと怖いのでここは……
「……ミ、ミルメークと……それで」
「ありがとうございます」
にこ、と良い笑顔にてメニューを持って引っ込む暮石殿。
鳳殿……そなたの言った通りであった。女子高生とは一寸先の予測さえも立たない、未知の生物だ。
学校に存在する美少女の一人、『介抱乙女』暮石愛は二つの理由で人の目を引いていた。
一つは、その類いまれなる容姿。1学年上の鬼灯未来の存在があったものの、彼女は近寄りがたい雰囲気もあって皆の感心が暮石に集まるのは必然と言えた。
性格は悪くなくおおらかで優しい。当初、学年内で生まれ始めた陰湿な格差などに正面から向き合い、それを解消するなど少数派でも怯まず自分の意見を述べる強さも持っている。
今では彼女を中心に二学年は雰囲気が出来上がっており、男女問わずに皆に認められたアイドル的な存在だった。
故に告白はタブーと言うのが同学年の男子の間では暗黙の了解となっており、“皆の暮石”と言う形で二学年は落ち着いている。
その後、彼女は保健委員に入り、校内の衛生管理に尽力。ゴミ拾いや、トイレ掃除に、夏場のクーラーの温度などを管理、毎月の保健ポスターの更新。無論、行事ごとに起こる保健委員の仕事も丁寧にこなす。
自らで泥を被る事を厭わない献身的な様子に見かければ、ふと手伝ってしまうような雰囲気。そして、怪我をした者を優しく包むように介抱する事から『介抱乙女』と裏では呼ばれている。
そんな、容姿、性格共に高いレベルの暮石を上の学年の男子が無視するわけは無く、交際を申し込む者は数多く居た。
焦る同学年。そんな中、機能したのは彼女が注目されているもう一つの理由だった。
現総理大臣『王城達也』の孫娘。
どこからその話題が出たのかは今となっては不明だが、その事を何人か尋ねた生徒がいた。
暮石はその質問に対して否定も肯定もせず、自身の口許に人差し指を当てて、しー、とジェスチャーするだけだった。
真偽は不明……だったのだが経済新聞にて、とある外交パーティーに暮石と思われる女子高校生の後ろ姿が写っている写真があり、信憑性は一気に増した。
総理大臣の孫娘? そんなの気にしねぇ!
と噂を屁とも思わないアグレッシブ先輩も現れ、しつこく暮石に交際を申し込んでいたが……ある日、夕飯に招かれて次の日には滅茶苦茶おとなしくなっていた。
その理由に関しては決して語ろうとはしなかったが、それ以降、暮石に対する告白は成りを潜める事となる。
誰でも隔てなく向ける笑顔。それは皆のモノで良いじゃない。
そんな彼女が二年目の文化祭で、ある人間を招待したい、とチケットを貰った時は同学年の間では青天の霹靂だった。
そして、今……暮石の招待した人物が『偉人カフェ』にて、彼女と向かい会って座っていると言う事実は二学年にとって、決して逃す事の出来ないイベントだった。
一体……
『偉人カフェ』には客も含めて、二学年だけが集まり、一言一句逃さぬ様に耳を傾ける。