第486話 毒の無い場所

文字数 2,327文字

 小説や漫画、創作物において、現実では考えられない不思議な情景と言うモノは良く描写される。
 神秘的な光景とか、まずあり得ない共存関係とか、色々と人間の想像によって生み出される架空の世界。しかし、オレはそれを創作物で見る度に思うのだ。

 ソレを架空だと思うのはきっと、その光景が世界に存在すると知らない者が大半だからなのだと。

「…………」

 『長老』が反対側の岸からドボンッと滝壺に飛び込む。そして、顔を出すとスィーとこちらに泳いで来た。
 あまり知られていないが熊は泳ぐ事も出来る動物である。『長老』は内陸の熊であるが、この辺りに生息するだけあって泳ぎも達者だ。時速10kmで泳ぐらしい。

「っ……」
「大丈夫だよ」

 アヤさんは警戒する。当然の反応だ。オレは心配させない為にも彼女の前に出ると、『長老』は器用にこちら側に上がった。

「久しぶりーオレの事覚えてる?」

 のそのそと目の前にくる『長老』は四足歩行で前まで来るとオレをじっと見上げた。
 その眼は……なんと言うか相変わらず“野性”と言うモノを感じない。
 常に緩慢な動きは、余計なエネルギーを常に抑えているかのように効率的で、日々を最低限の食事だけで生きている彼は冬眠をする事なく年中無休で姿を現す。

 オレが初めてジジィと喧嘩してここに逃げてきた時も普通に現れたからなぁ。
 リアルト○ロである。宮○駿はこう言う動物とどこかで出会い、あのキャラクターが生まれたと思わざるえない。

 そのあまりに達観した様子に、オレは着ぐるみでも着た誰かが名物熊を気取っているのかと思った。
 しかし、ジジィが言うには『長老』は紛れもなく熊であるとの事。ベアーハンターのジジィが言うのだ。恐らく間違いではない。
 何故、ここまで他の生物との境界線が曖昧なのかは『長老』ではなく、この滝壺エリアが関係しているらしい。一種のスピリチュアルフィールドってヤツ。
 ちなみに、ここに人の作った食べ物を持ち込むのは禁止。持ち込むのは果物とかだけである。

「…………ぼっふ」

 『長老』はオレを1分ほど見て一度鼻を鳴らす。どうやら覚えていてくれた様だ。次にアヤさんを見る。

「ぼっふ」

 即、無害であると判断したのか鼻を鳴らす。基本的にはここに来る人間には害は無いと判断するので、通過儀礼のようなモノだ。それにしても判断は早かったが。
 踵を返して、のそのそと近くに伏せる様に座った。

「……認められた、と言う事でよろしいのでしょうか?」
「即認めたよ」

 まぁ、アヤさんなら全然OKだと思って連れてきたのだ。特にこの場所は何かとATフィールドが開放的になりがちな場所でもある。





「ふふ。私にくれるのですか? 大丈夫ですよ、あなたで食べてください」

 木々の間から射し込む木漏れ日の下、靴を脱いで岸の岩に座わり、足を川につけるアヤさんの回りには沢山の小動物が集まってきた。

 何かと自分の餌を、あげる、と持ってくる動物達はアヤさんの肩に登ったり膝の上に乗ったりして遊んでいる。
 『長老』が許しを出した途端、警戒心が無くなった。それだけ、その判断は絶対的なモノなのだろう。シズカの時もこんな感じだったし。メルヘン度が半端ない。

 ちなみに、オレは麦わら帽子を被り、小鳥の宿り木と貸している。頭から肩までびっしり席は埋まってるぜ! ピェピェと鳴いて、滝の落ちる音にも負けない音色を響かせるてる。ちょっとうるさい。

 中々に神々しい絵面だ。なんと言うか、人類が滅んだ後の平和な世界って感じ。
 絵画趣味でもあれば、良い感じにスケッチでも出来るのだろうけど、オレにそんな心得は無い。そもそもオレは宿り木だし……

 ちなみに、スマホは完全なマナーモード。こんな所に人工音を響かせるのはナンセンスだ。

「ケンゴ様も楽しそうですね」
「ははは。こんなに小鳥が集まるなんて初めてだよ」
「そうなのですか?」
「それだけアヤさんの事を良い存在として理解してるってことだね」

 オレがそう言うとアヤさんは少し困った様に笑う。

「アヤさん?」
「……良い場所です。世界がこのようになってくれれば、争いや悲しみは起こらないでしょうね」

 確かにそう感じさせる程に生物としての垣根が存在しないこの場所は理想的な空間に思える。しかし、オレの考え方は違った。

「オレは逆かな? 争いや悲しみがあるから、この空間を素晴らしく感じるんだと思うよ」

 オレの言葉にアヤさんは驚いた様に眼を向ける。

「この空間が日常なら素晴らしいとは思わないし、動物達(かれら)がここまで親しい事に嬉しさは感じないからね」

 この考えは社会でも多くの所で感じられる。
 徹夜の激務が終わった時の解放感や、修羅場を乗り越えた後の空気は半端なく清んでいると感じる。それと同じで、正と負の落差は何でもない事を神秘的に映すのだ。

「この場所は長居する所じゃない。ここに慣れてしまうと、社会で生きて行けなくなるんだってさ」

 ジジィはこの場所を教えてくれたが、ここに来るときは必ず二ヶ月は間を空ける様に言及している。
 ここが当然となると、逆に負の多い社会に耐えられなくなるらしい。

「じっ様が言うには、人は程よく毒も摂取しなければ生きていけない不完全な生き物、なんだって」
「不完全……」
「そ。だから、不完全な部分を他の人に埋めてもらうんだ。人が一人では生きられないってのは、科学的な観点以上に、スピリチュアルな部分が大きいのかもね」
「…………」

 アヤさんは曇った表情を作る。それは雰囲気にも出たのか動物達は、どうしたの? と心配するように視線を向けた。『長老』は欠伸をくぁっとしていた。

「アヤさん。奏恵(かなえ)おばさんは今、元気?」

 オレの言葉にアヤさんは表情を曇らせたまま、大きく眼を見開いた。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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