第49話 シズカとダイキと嵐先輩
文字数 2,420文字
盆休み二日目。
オレは盆休みに行こうと思っていたフードフェスの会場へシズカ共に足を運んでいた。
盆前から宣伝チラシを見て、気になっていたのでシズカが来たのは良いキッカケになった。
「にしても」
それでも人が多い。殆んどのブースには人が並んでおり、人気店のブースは長蛇の列が出来ている。
普通、こんなに多いか? 何か別のイベントでも……
『さて、甲子園も後半に差し掛かりました。間も無く、霊峰高校VS四季彩高校が始まります。大竹さん、どちらが――』
と、近くのブースに吊り下げられてる携帯ラジオから甲子園の中継が流れてくる。
「そっか、結構近いんだっけか」
甲子園球場とフードフェス会場はさほど放れていない。そちらからも人が流れてくるのだろう。
「ゴ兄! ゴ兄! あっちにデカイ肉焼いとる! 猪じゃろか!」
眼鏡に帽子に三つ編みにキャラクターTシャツ。とにかく地味に見える様にシズカにはあらゆるアイテムを装備させた。
シズカも自分の容姿が色々と迷惑になるのを理解している様子で今の姿を受け入れている。
「とりあえず少しずつ食うか。食べ過ぎると一、二件で腹一杯になるからな」
フードフェスの料金設定は量に比例して満額、半額、六割引の三つがある。味を楽しみたい身としては六割引きはありがたい。
「おん!」
何よりシズカが楽しめている様でよかった。
「音無よ。今日はここに何をしに来たと思う?」
「ご飯ですよね? 嵐先輩」
「お前に肉をつけてやるためだ。ていうかお前は細すぎるんだよ。肉喰え肉」
「食べ過ぎると監督に怒られるので程々にしましょうか」
白亜高校の一番打者、
本日は試合は無い為、午前中は自由で、午後は自主練と言った形だ。
「音無。なんでお前、伊達眼鏡と帽子をしてるんだ?」
「いや、監督が外出するなら外すなって」
既に全国的な知名度になっているダイキは、球場の周りでの外出は顔を隠す様に言われていた。
「……俺は素顔だぞ?」
「……ご飯、食べましょう」
嵐も知名度が無い訳ではないが、それでもダイキと比べれば目立たないのは無理もない。
「音無よぉ。お前にはいくつか聞くことがある。これは先輩方も気になってる事だ」
「はい」
タコ焼き店のブースに入った二人は、テーブルに座って食を楽しむ。
「“ヒカリちゃん”ってのは誰の事だ?」
「幼馴染です」
「嘘をつくんじゃねぇよ」
「いきなり否定ですか」
「お前は寮に入ってる。なのに浮いた話は何もない! つまり、それ以前のツレって事だ」
「無茶苦茶な暴論ですね」
高校球児として青春を野球に捧げる事に野球部には暗黙のルールが存在する。それは、引退するまで彼女は作らないという事である。
「
主将とマネージャーはよく一緒に敵陣偵察や買い出しに出向いている。獅子堂監督は雑務に人手が必要ならレギュラー陣の使用も辞さない人間で、他の部員の練習時間を考慮して主将がその役目を担っていた。
「それは無いだろ。主将はちゃんと線引きが出来るからな」
既に幾つかの球団から話が出ている主将は、他の部員よりもその辺りは慎重であった。
「嵐先輩にも言い寄る女子はいるでしょう?」
「居るわけねぇだろ」
嵐は体格が良く整った容姿をしているが、野性的で同年代からはゴリラと呼ばれている。部内でも類を見ないパワーヒッターであり、上げるバーベルの重量は頭一つ抜けていた。
「それよりも話を反らすんじゃねぇよ。その“ヒカリちゃん”って娘は――」
『二回表、試合が動いたぁ! 四季彩高校! 霊峰高校の白人エース、ベレストの高めを捉え、右中間! 三塁打に、二塁走者は悠々と帰還です!』
『四季彩高校はじっと力を溜めていましたねぇ。霊峰側としては中々読めなかったでしょう』
近くに吊るされたラジオから甲子園の試合模様が伝わってくる。
「……音無、帰るか」
「僕も言おうと思ってました」
今の放送に触発されたのは、二人の中に身を沈めていた野球魂。彼らは改めて認識した。
恋愛の青春を捨てたのではなく、野球と言う青春が自分達の血が選んだ本懐だったのだと。
「音無」
「何ですか?」
「引退するまでボールが恋人だな」
「それ、本気で言ってます?」
「お前……そこは同意しろよ」
スパンッと軽く後輩の頭を叩く嵐。なんやかんやで、二人は兄弟の様に仲が良い。
「あっとと」
叩かれた拍子に帽子が落ち、拾おうと手を伸ばすと先に拾われた。
「落ちたベ」
そう言って拾い上げたのは女の子。眼鏡に帽子にキャラクターTシャツを着ている。
「ありがとうございます」
ダイキは帽子を受け取ると、凄く可愛い子だなぁ、と野球で培った洞察力で地味な服装に隠れた女の子の魅力を的確に捉える。
そこで、あっ……、と背後からの視線に気がついた。
「……嵐先輩?」
すぐ後ろで成り行きを見ていた嵐は四番を打つ関係上、ダイキ以上の洞察力を持つ。当然、目の前の女の子を的確に見ることが出来る。
嵐は、ずいっ、とダイキの横から女の子の前に出る。女の子は、? と可愛らしく首をかしげた。
「俺は嵐浩司って言います。後輩がご迷惑をおかけしました。お詫びに何か奢りましょう」
ボールが恋人じゃ無いんスか? とダイキはツッコミそうになったが、野球意欲を消し去る程の魅力を放つ彼女は何者なのかも気になる。
でも多分中学生ですよ、嵐先輩。と、心の中でつっこんでおいた。
「おい、シズカ。あんまりオレから離れるな」
そう言って人波を割って現れたのは成人男性だった。保護者だろう。流石に恋人とかはあり得ない。
「ん? ダイキか? お前」
「え……誰――」
一瞬解らなかったが、良く見るとそこには、野球を始めるキッカケを作ってくれた人。
「ケン兄ちゃん?」
運動音痴な自分に初めてボールを上手く投げるまで付き合ってくれた兄貴分のケンゴがそこに居た。