第280話 今日は燃えるゴミの日
文字数 3,729文字
ヨシ君は陸からの連絡を受けて、会社に行く前にケンゴのアパートに寄った。
しかし、インターホンを鳴らしても人の気配は無い。
「陸殿。想定していた最悪の事態が起こっているものと思われます」
アパートの階段を降りながらヨシ君は陸と連絡を取る。
『そうですか。名倉課長に連絡をしているんですが、轟さんが言うには社長と一緒に会議中らしくて』
「周囲にて荒らされた形跡はありませぬ。故に相当な手練れだと思われますな。少し、周囲を聞き込みしてみますぞ」
『あまり不審がられない様にお願いします』
「おまかせを」
ヨシ君はスマホを切る。
「さて……鳳殿は一体どちらへ……」
始業する前にあった、ケンゴの唐突な休暇要請から、彼は何かしらの行動を起こしている可能性が高い。
ヨシ君はケンゴを見つける事は、自然とショウコへ辿り着くと察していた。
「おや? 君は……吉澤君かな?」
サンダルと室内着姿の赤羽と遭遇する。二人はケンゴ繋がりで面識があった。
「おはようございます、赤羽殿。相も変わらず逞しい雰囲気ですな。お出掛けで?」
「ゴミを出しにね。君はどうしたんだい?」
ちなみに赤羽は、ヨシ君がケンゴと友達と言うだけで何の部署に居るかまでは知らなかった。
「少々、込み入った事情があるので少し省かせて貰いますが……鳳殿を捜しておりまして」
「彼を? ふむ……」
少し考える赤羽の様子から何か知っているとヨシ君は悟る。
「失礼。我輩は、こう言う者でしてな」
と、下手な言葉よりも名刺を差し出して自分の身元を伝える。
「……弁護士。もしかして、陸君と仕事仲間かい?」
「そうです。陸殿をご存じで?」
「ああ。私の中で色々と繋がったよ。君は信用できるようだ」
赤羽は名刺を返すが、差し上げます、とヨシ君は手をかざした。
「陸殿と流雲昌子殿に関わっていまして。鳳殿を捜して居るのです。何か知っておられますかな?」
「……ふむ。さて、どうしたものかね」
「是非、教えて頂きたい」
少し渋るように言葉を詰まらせる赤羽。ここで情報を聞き出せなければ捜索の糸は完全に切れてしまう。
「ヨシ君。君は船を操作出来るかい?」
「操船免許は持っておりますが」
「口は固いかい?」
「金剛石よりは保証いたしますぞ」
すると赤羽は、ふっ、と笑う。
「彼がどこに行ったのか君には話そう」
一時間前。
「あ、マジか」
オレは出社前に、ショウコさんには申し訳ないと思いつつ、おにぎりを一つ買おうとコンビニに寄った。流石に野菜オンリースタートは脳にパワーが行かない。
レジに並んで待つ間、コインを二つ取り出そうと財布を鞄からまさぐるが、どこにも見当たらない。
「部屋に忘れちゃったか」
なんたる不覚。JRはいつも余裕を持って一つ早い時間に乗っているので今から取りに帰れば会社には間に合うだろう。
「マヌケっぽいけど、しょうがないな」
まぁ、ショウコさんなら、忘れ物~と言って戻っても特にツッコミせず淡々と、これか? と財布をとってくれるだろう。
来た道を少し早足に戻り、アパートが見えて来る。
「ん?」
見慣れぬ高級車が止まっていた。エンジンがついたままなので誰かを待っているのだろう。
すると、門から一人の女に続くようにショウコさんが出てきた。
「あれ? ショウコさーん」
オレが声をかけて近づくと彼女は驚いた様にこちらを見る。
「誰? 谷高スタジオのお迎え? 急に仕事が入ったの?」
ちょっとした事態だったのでオレは会社に遅れるよりもこっちを優先する。
「あ……そんな所だ」
「あぁ、そうなんだ。大変だよね、看板モデルってのも」
オレは自然な流れで近づくとそのままショウコさんの手を取る。
しかし手を取った瞬間、彼女を連れようとした女が、そのオレの手首を掴んだ。
「お引き取りを。彼女はこれから大事な面談があります」
「そう言うのはウチの弁護士を通して貰えませんかねぇ? 今、彼女は絶賛狙われてまして。て言うか、谷高スタジオの人なら知ってるでしょ?」
オレはショウコさんが気を使ってるのがすぐにわかった。何故なら彼女はあまりオレに気を使わないからだ! つまり、雰囲気の逆張り。普段は見せないモノに違和感を感じたと言うわけさ。
「手を話して貰えますか?」
「そっちが離したら離します」
オレとしては硬直でも良い。幸いにも今日は燃えるゴミの日。もうすぐ赤羽さんが出てくるハズだ。そうなりゃお前はポリスメンの世話になるぜ。
「お困りですか?」
すると、運転席に居た男がカチャッ、と扉を開けて出てくる。
グラサンを着けたスキンヘッドの大男。オメー、運転するときはグラサン外せよ?
「揉めますか?」
「不利はどっちですかね?」
オレは引かない。ここを通したらヤバいと言う予感が凄まじいからだ。
「では……仕方ありません」
「待て」
何か起こる。オレとしてはより人が集まる騒ぎは大歓迎だったが、ショウコさんが制する様に声を出す。
「ケンゴさん。昔の知り合いに会うだけだ」
「そうなの?」
「ああ。少し、仰々しくて誤解させた様だが、何て事はない。夜には帰ってくる」
「……そっか。いやー、ごめんごめん」
オレはショウコさんから手を離した。すると女もオレから手を離す。
「ほら、状況が状況がだからさ。色々と神経質にならざるえないでしょ? あぁ、アンタもごめんね。疑っちゃって」
「いえ」
「こんなにガタイが良い運転手ならボディガードも完璧だね。オッケー。じゃあオレは待ってるとするよっ!」
その一瞬。オレは鞄を落としてショウコさんを抱えると走り出した。
緩急の入った状況を刺す、古式にある状況を打開する術の一つ。受けた者は動物的反射により、1秒か2秒の間は次の行動に移れない。
「!? ケンゴさん――」
「嘘が下手だよ、ショウコさん!」
残念だったな、エージェントガール。こんはモブ会社員が女性一人を抱えて逃げられるとは思わなかっただろう? 彼女は頂いていくぜぇ! アバヨー!
「――アガ!?」
しかし、ル○ンの様には行かなかった。背中に電撃の様なモノを受けて全身に激痛が走るとそのまま転ぶ様に倒れた。
「ケンゴさん!」
ショウコさんの声が何とか意識を繋ぎ止める。何をされた……?
「驚きました。しかし、子供だましですね」
何とか動く首と眼球で女を見ると、手首から何やら装置が覗いている。ブラッ○・ウィドウかてめぇは……
「待て! 行く! 行くから!」
装置を構えて近づいてくる女を止める様にショウコさんがオレを庇う。
「では、乗ってください」
待てぇい! オレはまだやれる! やれるぞぉ! と頭では思っていても身体が動かない。辛うじて呼吸だけが出来る状態だ。
「ケンゴさん……ありがとう。野菜は全部食べていいからな……」
「あ……くっ……」
言葉が出せない。言わなければいけない事は沢山あるのに――
「乗ってください」
「ショ……ウコさ……ん」
女の声に立ち上がる彼女へオレは呼吸を止めて言う。
「夜の……楽しみに……してるから……」
その言葉に彼女は一瞬足を止める。そのままオレの事は良いから逃げてくれ!
「……」
しかし、彼女は振り向く事もなく車に乗り込む。
対してオレの身体は呼吸不全から脳が生命維持の為に意識をシャットダウン。
暗転する視界には走り去っていく車が最後の光景だった。
びしびし、と叩かれる感覚でオレは意識を取り戻した。
「んあぁぁ……」
びしびし。
「くぉおお? ジャック……」
猫のジャックがオレの頭を叩いている。
なんでジャックが……? ここは外……オレは――はっ!?
途端に寸前の記憶が思い出される。オレは咄嗟に起き上がってファイティングポーズを決めた。
「おのれ! ブラック・ウィ○ウ! 次は油断せんぞ!」
「……」
と、ゴミ出しに部屋を出てきた赤羽さんと目が合う。
「……あ、おはようございます……」
「ああ。おはよう。平日なのに楽しそうだね。会社はサボりかい?」
「会社……」
ヤッベ遅刻だ。いやいや! それどころじゃない!
「赤羽さん! ショウコさんが! 誘拐されました! 警察……消防! いや! 自衛隊に連絡を!」
クソっ! スマホは壊れてやがる!
「赤羽さん! 電話っ! 電話貸して!」
「落ち着きたまえ」
赤羽さんに顎を打たれてカクンッとオレは膝を着く。げぇぇ。強ぇぇ……
「悪戯に事を大きくする前に状況を整理しなさい」
ピヨピヨとスタンしているオレに赤羽さんは冷静になる様に告げる。
その後、オレは膝に乗るジャックに癒されつつ、少し間を置いてから、先程の事を話した。
「……なるほど」
「オレは追います。赤羽さんは警察に連絡を」
「いや、警察では間に合わない」
行動を開始しようとした赤羽さんがオレを止める。
「君の話を聞く限り、ショウコ君を拐ったのは並の相手ではあるまい。海外でも何度か経験があるよ」
「くっ! しかし! 何もしないわけにはっ!」
と、赤羽さんは一枚の名刺を手品の様に目の前に出す。
「ここに行きたまえ。きっと君なら彼らが力を貸してくれるだろう」
その名刺を受け取るとオレは明記されている文字を読む。
「『ハロウィンズ』?」
何者ぞ? 場所は……げっ。ユニコ君の格納庫じゃねーか!