第455話 月下の姫君

文字数 1,890文字

 塀はさほど高くなく、凹凸もあるので子供のユウヒでも簡単に越えられる高さだった。

「納屋……あれね」

 位置的には縁側に出入口を向けているプレハブの納屋がユウヒの目に映る。塀の上を移動し、近くまで行くと、

「うっ……」

 巨大な黒い塊が中庭に鎮座していた。
 思わずユウヒは動きが固まる。月の光からふんだんに照らされるのは熊吉であった。
 熊吉は、吠える武蔵や大和の対応を他二頭に任せて自分はナワバリを占める事に注力していたのだ。

「…………」

 昼間はケイと一緒だったから、怖かったけど動きが止まる程じゃなかった。けど、今は一人で、直ぐに誰かが来てくれる状況でもない。
 恐怖心が心へ注がれていく。

“……お姉ちゃん”

「――――」

 その時、(コエ)の声が聞こえた気がした。
 そうだ。コエは母屋の中であたしよりも怖い思いをしている。このくらいなんだ!

「…………」

 ユウヒは一旦、母屋の影まで下がるとそっと塀から降りる。そして、壁沿いに慎重に進むと、中庭を覗き込んだ。

 熊吉はこちらには背を向けて伏せていた。敵が来るなら門からだと考えて、あちらを向いているのだろう。

「よし……よし……」

 心臓が高鳴る。これが聴こえてるんじゃないかと思うと汗も止まらない。
 母屋の影から出ると、今まで以上にそーっと動くと納屋の入口扉の前に立つ。この中にロープが……

「……あれ?」

 扉は開かない。ふと、ユウヒはジョージの納屋には猟銃が2本置いてある為に厳重に鍵がかけられていた事を思い出す。緊張状態故に忘れていた。
 ちらっと後ろ眼で熊吉を見る。先程と同じく動いていない。こちらには気づいていない様子で一応は胸を撫で下ろす。

 一旦、戻ろう。

 引き返した時に軽く風が流れ、その際に泳いだ髪によって納屋と外塀の隙間にロープが吊るされているのを見つけた。

「あった――」

 その時、ユウヒは周囲が暗くなるのを感じる。

「ゴルル!」

 影を作るのはユウヒに気づいた熊吉。立ち上がる様は幼いユウヒには巨人と行っても差し支えない。

「ぴぇ……」

 短くそんな悲鳴だけを出すユウヒは、後ろを振り向かず納屋と外塀の隙間へと逃げ込んだ。





「退却チーム! GO! GO! 少しでも熊どもの気を引いて! こっちがバレた!」

 オレは熊吉が仕切りに唸り声を上げている様子にユウヒちゃんの潜入がバレた事をゲンじぃのスマホに連絡する。
 作戦は失敗。ユウヒちゃんも孤立すると言う最悪の形だ。

『そっちはどんな状況だ!?』
「こっちは――」
「ケンゴ様! 私を上へ!」

 と、アヤさんは助走をつける様に崖から距離を取る。

「ゲンじぃ。そっちは全開でやって」
『おい、ケンゴ――』

 オレは話し合う時間さえも惜しいと考えてスマホを切ると指を組んで崖に背を向けて中腰で構える。

「ユウヒちゃんを!」
「はい!」

 アヤさんが走り、組んだ指に足を乗せた瞬間、オレは力の限り彼女を羽上げる。

「だりぁぁええ!?」

 気合いを入れてリフトしたのだが、アヤさんは思った以上に翔んでいた。
 それは外塀を越えて、更に上の母屋の屋根に着地する程の跳躍。
 ショウコさんを救出する時に赤羽さんが大見さんに投げて貰った時と全く同じだ。
 こちらのリフトに合わせて完璧なタイミングでアヤさんも翔んだのだろう。

「……で、オレは自力クライミングね」

 回り込んでいる時間はない。





「おい、ケンゴ! ええい、お前ら行くぞ!」

 ゲンは星を見ていた蓮斗と印を結んでいた才蔵に告げる。

「おう!」
「御意」

 少し離れた所にいた退却チームは母屋へ向かって駆け出す。
 ユウヒが的にされたとなれば事態は一刻を争う。その時、

「あん?」
「なんだ?」
「なんと……」

 母屋を照らす月光にアヤが姿を表した。彼女はそのまま屋根の上に着地する。
 着物に刀に月の光。ある種の神秘的な風景として三人の眼には写る。

「な、なんだ、あれ?」
「姫は天女で在られたか!」
「アイツら何やってんだ……」

 走りながら不思議がる蓮斗と才蔵。ゲンはただただ呆れた。





 アヤは屋根に乗り、一旦全体の状況を把握。母屋には熊が1頭、外の道路に2頭。退却チームの三人が走ってくる。道路の2頭を牽制する武蔵と大和。そして、母屋の個体が一回り大きい。おそらく――

「あなたが、熊吉様ですね」

 納屋と外塀の隙間へほじる様に腕を伸ばす熊吉の近くへアヤは飛び降りると、刀を抜きつつ落下の勢いを乗せて、一閃。

「ゴルルア!?」

 唐突に毛皮を容易く裂かれた斬痛に、熊吉は近くに降りたアヤを見た。

「『白鷺剣術』は対人のみを想定しておりません。御覚悟を」

 熊吉を正面に一切の怯えを見せないアヤとその手に持つ刀の刃が月下に輝く。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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