第19話 4課の惚気

文字数 2,090文字

「リンカちゃん」

 アパートに帰ったオレは彼女の部屋の前で話しかけた。電気はついていないが中に居るのは分かる。

『……なんだよ』

 扉越しだが答えてくれた。

「大丈夫?」
『……何が?』
「さっき泣きそうな顔をしてたから」
『……お前はあの人だけ追いかければいいだろ』
「君の方が大事だ」

 オレはそのまま扉に背を預けて会話を続ける。

『なんだよ……今更――』
「先輩よりもリンカちゃんと居た時間の方がずっと永い。だから何に悲しんでるのか分かるよ」
『……あたしは……嫌いだ。あんな事を言った自分が……あの人は手を差し伸べてくれたのに……』
「違うよ。悪いのはオレだ。そのキッカケを作ったのはオレだった」
『違う! そうじゃない……違う――』
「君は良い事も悪い事も全部抱えて蓋をしちゃう。全部自分を悪者にしてさ」
『……そうだ。あたしが――』
「君はただ優しいだけだよ」

 そうでなければ、接点の少ない鬼灯先輩の事をこれ程深くは考えないだろう。

「リンカちゃんの言葉を待ってる人がいる」
『……あたしはあの人と向き合えない……』
「――なら、リンカちゃんが出てくるまでここで待とうかな」

 オレは、よっこいしょ、と扉の前に座る。

『……お前……ばかだろ』
「今回は優しい人ばかり不幸になってるから、バカが間に入って取り持たないと」

 とりあえず今日は野宿かな。リンカちゃん、こう見えても頑固な所あるし。

『………………どけ』

 でもそれ以上に、

「ほらね、優しいよ君は。野宿せずに済んだ」
「……うるさい。電話……してくれ」

 扉を開けて出て来てくれたリンカにオレは鬼灯先輩の番号を鳴らしたスマホを渡した。





 鬼灯は帰社する駅を降りるとまだ居るハズの獅子堂課長への報告に戻っていた。その時、携帯が鳴る。

「鳳君? どうしたの?」
『あ……あの――』

 相手はケンゴではなく、リンカだった。鬼灯は少し驚く。

『ごめんなさい』
「貴女が謝る事じゃないわ。ダメな大人ね。こういう時になんて言えばいいか分からないの」
『あたしは……ちゃんと、話しを聞くべきでした。あの時……助けてくれようとしたのに……』

 鬼灯の心には三年前に悲しみに呑み込まれた少女からの訴えが今も強く残っていた。
 しかし、少女は成長し過去の自分と向き合って言葉を向けてくれた。

「――――ありがとう、リンカさん。それだけで貴女の気持ちは伝わったわ」

 理不尽にどうしようもない事を鬼灯も経験している。その気持ちがわかるからこそ、リンカの悲しみは誰よりも理解できたのだ。
 すぐ近くにケンゴも居る事を察し、鬼灯は告げる。

「リンカさん、鳳君と仲良くね」
『……うん』

 鬼灯はリンカとの通話を終える。会話は短いものだったが距離を置くことしか出来なかった自分に変わって彼女から歩み寄ってくれた。
 塞ぎ込んでいたリンカを導いたのは間違いなく――

「――鳳君はここに必要ね」

 獅子堂課長への報告事が増え、同時にある番号へ連絡をかける。





「皆、明日はそう言う段取りで頼む」

 4課の終業事項は全員を集めて明日以降の流れを再確認する。
 課長の真鍋は課長席から立って、背後のブラインドの降りた窓から外を見ていた。

「いいかい? 今回の相手は『赤嶺商会』『キットカット』『ゴロー君』の三つだよ」

 課長席に腕を組んで座っているのは真鍋ではなく一人の老婆――三鷹弥生(みたかやよい)。彼女は4課の御意見番な立場にある。通称、鷹さん。

「この三者は決して油断ならない相手だ! 全員、粉骨砕身で挑むんだよ!! 特に箕輪! アンタの事だよ!!」
「へーい」

 箕輪の適当な返事をBGMに三鷹はドンッ、と課長席に拳を叩きつける。

「この戦いの勝敗は4課の命運がかかってるのさ! 敗訴は許されないよ! 全員、解ったかい!?」

 彼女の叱咤に全員(箕輪を除く)がハイ! と力強く返事をする。

「だったら今日はもう全員帰りな!! 明日に備えて22時には寝るんだよ!」

 同時に定時となり業務は終了。4課社員たちは、飯どうするー? 疲れたねぇ、とか言いながらオフィスを後にする。残ったのは三鷹と課長の真鍋だけとなった。

「あのー鷹さん」

 真鍋は課長席に座る三鷹に視線をやった。

「課長は私だからね。その席は私の――」

 すると三鷹はジロリと真鍋を見る。真鍋はその眼に有無を言わさずに黙らされ彼女の言葉を待つ。そして、

「まだ帰ってなかったのかい!! 残業はするなと正十郎も言ってただろう!! 死にたいのか!! このクソ――」
「こ、ごめんなさいっ!」

 鞄を持って逃げる様にオフィスを出ようとした所で真鍋の携帯に連絡が入る。
 一瞬で仕事モードに面持ちが切り変わり、携帯を取る。三鷹も黙って許容した。

「どうした? 俺だ――そうか」

 短く会話して切った真鍋に三鷹が尋ねる。

「誰だい?」
「詩織だった。社に戻っているようで、報告を終えたら話したい事があると」
「そうかい」
「とても嬉しそうだった」

 基本的に真鍋が笑うのは彼女との会話の時だけである。

「惚気すぎてヘマをやらかすんじゃないよ」
「それは無用な心配だよ、鷹さん」

 真鍋は生涯において法廷では後にも先にも一度(・・)しか負けた事のない弁護士であった。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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