第101話 仮屋と本田とボブ

文字数 2,660文字

 雑居ビルに向かう車は二台あった。
 一つは暴力要員をMAXまで詰め込んだ兵隊車両。もう一台は彼らの組織のトップ2が乗っている。

『武藤のカシラ。今到着しました』
「そうか」

 高級車の後部座席に乗るスーツの男――武藤は、スマホで現地と連絡を取りながら指示を出す。

「油断するな。何人かは怪我をするかもしれないが、カタギだけは絶対に巻き込むな」
『しかし……大宮司が暴れたら、この人数では難しいかもしれません』
「その時は手を出すな。アイツには俺が来ると伝えろ。話をつける」
『ヘイ』

 武藤は連絡を切ると一度嘆息を吐く。

「カシラ。今回の件、わざわざカシラが出張らくても……」
「事は単純じゃねぇんだよ。いいから飛ばせ」
「ヘイ」

 送迎者の言葉はもっともだが武藤は組長が、この件を長引かせれば組が潰される、と焦っていた事を思い出す。

「都市伝説じゃなかったか。『神島』は」





「待て」
「あー?」

 仮屋はリンカを連れて屋上から去ろうとしたその時、大宮司に呼び止められた。

「彼女は関係ない」
「おいおい……おいおい。今更ソレはねぇだろぉ? 大宮司君」

 面倒な事を言うんじゃねぇよ、と仮屋は大宮司を見るが振り向いた彼は拳を握っていた。

「その子は俺にとっては二人と居ない大事な人だ。その手を放せ、仮屋」
「――――フフ……ハハハ……ハァ……なんだって? 大宮司」
「その手を放せと言ったんだ」

 大宮司の反発に仮屋の表情には苛立ちが浮かぶ。

「あー、めんどくせぇ。おい」

 くいっと仮屋が首を動かすと傍に居た部下の一人が前に出る。ポケットに手を入れてクチャクチャとガムを噛んでいる素行の悪い男だ。

「ヤッていいんスか? 仮屋のアニキ」
「いいぞ、本田。まぁ命だけは残してやれや」

 仮屋は相手を本田に任せた。リンカを離すと屋上から逃がさないように扉に背を預け、自身はスマホを取り出すと、別動隊へ連絡を入れ始める。

「お前が噂の大宮司か。道場で武道やってんだって? ほれ、見せて見ろよ」
「俺が用があるのは仮屋だけだ」
「そりゃないぜぇ。アニキは忙しい。俺がぶっ殺してやるから、見せて見ろって」

 本田は、噛んでいるガムを大宮司に向かってぷっと吐く。ソレを躱しつつ大宮司は拳を放つが本田はポケットに手を入れたまま軟体動物のように身体を倒して躱す。そして、両手を抜くと滑る様に足を大宮司の足へ絡め、倒して寝技へ持ち込む――

「先輩!」

 リンカの声が響く。仮屋はスマホをポチポチしながら解説する。

「ソイツ、総合試合で相手を壊し過ぎて出禁になってるからな。気をつけろよ大宮司」
「――」

 しかし、大宮司は倒れなかった。まるで大木に寝技を仕掛けたかの如く、彼の足腰は微動だにしない。
 大宮司は本田の襟首を掴んで逃がさない様に固定すると、ま、まて――と言う彼の静止を待たずにその頬へ拳をめり込ませる。
 本田は地面で逃げられない大宮司の拳をモロに受けて気を失った。

「足腰は基本だ」
「あ?」

 本田があっさりやられた様子に仮屋は怪訝そうな顔をするが通話が繋がる。

「おー、俺だ。ガキを攫え」
『おー、誰だ?』
「あん?」

 相手は知った声ではない。連絡したのは別動隊でも仮屋の次に腕の立つヤツのスマホだ。

「誰だテメェ」
『あー、残念。アンタの差し向けた奴らは全滅だ。通報しておいたから、今頃拘置所だぜ』
「……ふざけた事しやがって」
『俺は彼らに指一本触れてねぇよ。当事者に代わりまーす』

 と、電話口が青年から女に。

『テメェクソ野郎。子供狙うとか脳みそ腐敗してんのか?』
「今決めたぜ。テメェは薬漬けにして死ぬまで犯し殺す」
『やってみろや。テメェの腐った頭をスイカみたいに割ってやるからよ』『姉貴、それだと殺人だぜ』『ゴミ掃除は基本だろ。俺は綺麗好きなんだよ』『部屋散らかし放題のクセに』『テメェ、また俺の部屋入ったのか!』『扉開けっ放しにしてるのは姉貴だろ!!』

 わーわー電話の向こうで騒ぎ、こちらを無視する相手に仮屋の怒りゲージは上がって行く。ミキッとスマホにヒビが入った。

『そこにリョウ居るんだろ? 言っとくけどな、そいつ素手で熊をぶっ殺せるくらいに俺が底上げしてやってるから。テメーの不細工なツラを更に不細工にされたくなかったら逃げた方がいいぜ』『姉貴、電話相手は不細工なのか?』『多分そうだろ』

 仮屋は怒りのあまり自身のスマホを握りつぶした。

「どいつも……こいつも……」
「カリヤサン」

 すると、入り口の影に居た黒人がぬぅ、と姿を現した。体格的と筋肉量は獅子堂と同じくらいの巨漢である。

「アイツ殺シタラ、オ金イッパイくれル?」
「ああ、ボブ。家族に沢山仕送りしてやれ」
「ウヒョ!」

 大宮司も隠れるほどの体躯が屋上のどこに隠れていたのか。黒人の巨漢――ボブは大宮司と対峙する。

「オマエにウラミはネーけど、とにかく死んでネ」

 すると、大宮司はボブに手の平をかざした。

「ボブさん。俺はあんたを痛めつけたくない」
「ウルセーヨ。ボブはお金イッパイホシイの!」

 ボブはかざしてきた大宮司の手首を掴んで持ち上げようと引っ張った。しかし、重心の移動を見切った大宮司は逆にボブの身体をコントロールする。

「アレ……? 足が上がらナイ――」

 ボブは膝を地面に付く。その下がった位置の頭に大宮司は蹴りを入れた。本気でなく、六割程度の力で。

「効かないヨ! クソ、ガキ!」

 持ち前の体格と筋肉量で蹴りを耐えたボブは抱える様に大宮司を持ち上げる。さば折りの姿勢。単純なパワーに大宮司の身体はミシミシと音を立てる。

「本気で蹴るべきだったか」

 しかし、大宮司はボブの両耳を平手で打ち付ける。空気圧により、中の鼓膜に激痛が走りボブは、オウッ!? と思わず大宮司を離した。

「コノ……クソ、ガキ!」

 今度は腕を押さえる様に捕まえようとボブは接近。すると、真下の死角から勢い良く肘が打ち上がり、ボブの顎をカチ上げる。
 意識を揺さぶられたボブは事切れた様に、仰向けで、ズゥゥン、と本田の上に倒れた。

「凄い……」

 大宮司が強い事はリンカも聞いていたが、冷静に目の当たりにするのは始めてだった。
 格闘家や体格差をモノともしない大宮司の戦いはあらゆる状況を経験しているかの如く戦い慣れしている。

「仮屋、前の続きだ。あの時は……武藤さんが現れて中断したよな」
「……馬鹿が」

 仮屋はリンカの事も電話先の女の事も目に入らなかった。
 ただ、自分をコケにした奴らを殺す事だけが頭の中を埋め尽くす。その中でも筆頭なのか目の前にいるクソガキだ。

「今度は殺してやるよ……大宮司ぃ」
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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