第272話 ホモなのか?
文字数 2,713文字
何故泣いているのか。私には解る。解るから、胸が苦しくて同じ様に涙が頬をつたる。
それは悪夢。私が見る夢見るモノはいつも悪夢だった。
「――!」
ショウコは眼を覚ました。
しかし、それは健やかな目覚めではなく、心臓を握られた様な強制的な目覚め。
「ハァ……ハァ……」
荒い呼吸を整えるよりも先に、長い髪を結んでいる赤い紐を確認する。
“ショウコ。これは家族の証だ。絶対に失くしてはダメだよ?”
“また悪夢を見たのか? 悪夢を見るのは、己の弱い心が孤独になった証だ。己の大切な
「……」
二人の大切な家族の言葉と赤い紐は、世界に二つとない支えだった。
それを大切にぎゅっと握ると自然と呼吸は落ち着いて行った。離れた家族の繋がりだけが、心を苦しめる悪夢の出来事を紛らわせてくれる。
「……一人か」
見ると部屋は自分のマンションじゃない。
畳に簡素な部屋割り。広さも住んでいたマンションの半分もない。タンスには私物の旅行鞄が二つ入っている。
「あ、起きた?」
すると入り口の扉が開き、そこから部屋主が入ってきた。手にはコンビニの袋。どうやら買い物に言っていたらしい。
「……私は――」
「酔って寝ちゃってたよ」
そう言うと、彼は目の前の丸テーブルに袋を置く。頭はまだふわふわと浮いた感覚が付きまとう。
「吐き気とかは?」
「……ない」
「頭は痛い?」
「……いや……少しふわふわする」
「とりあえず、これを飲んで」
彼は野菜ジュースを目の前に置いた。
「酔った時はとにかく水分補給が大事だから」
私は彼の行為に素直に甘え、ストローを刺してジュースを飲む。
「でも、受け答えはきちんと出来てるし、物も認識できてるからゆっくり休めば問題ないと思うよ」
そう言って、彼は布団を敷いてくれた。
「今日はもう休んだ方がいい」
「……君は寝ないのか?」
「オレは風呂に入ってから寝るよ。気分が優れないなら起きてる方が辛いでしょ?」
二日酔いは明日くるかもね。彼はそう言うと浴室へ歩いて行く。
「ふぃ……」
オレは風呂を済ませて簡単に浴槽を洗ってから部屋に戻る。
急な展開の連続に何とか一日を終えられそうだ。それにしても……仕方ないとは言え、急に同棲が始まるとは。
しかも、雑誌の表紙を飾る程の巨乳美女。
だが理性が持つかどうかは既に対策済み。まぁ、ね。風呂場でね。一旦、落ち着かせたワケよ。男なら解るじゃろ?
「あれ、まだ起きてたの?」
「起きたばかりで目が冴える」
ショウコさんはテレビを見ていた。
夜の番組は、ゴールデンタイムを過ぎればドラマや明日の天気予報しか目立つモノはない。
「ショウコさんは、モデルが本業なんだよね?」
「本業は厄祓いだ」
「……ん?」
会話のやりとりが十ほど飛んだ返答が帰ってきた。
「演舞の事だ」
そう言って、ショウコさんは動画を見せてくれた。
仮面を着け、剣を持ち、民族着で楽器の音に合わせて舞う。
場所も日本とは違って中国の様に見える。
「母の実家がそう言う事もやっていて、私も小さい頃から稽古をつけてもらった」
ホントにこう言うのってあるんだ。
動画の舞台は、それなりに大きな場所でショウコさんが舞っている。
白髪に近い長髪も、舞の一部に取り入れられているかのように可憐な様を表していた。
「ショウコさんって中国人?」
「血は日本人だ。母は養子で、中国の実家で育てられたと言うだけ」
意外と聞きごたえのありそうなバックストーリーをショウコさんはお持ちの様だ。
「大切な祭事の安心を願掛けする為に舞う。厄災を斬り、祓い、そして滅する」
言う人が言えば中二病に聞こえるような内容だが、実際にこう言う動画を見せられると古くからの伝統なんだと思えた。
「これは18の時だ。この時、母が出れなくて私が代わりを努めた。始めての舞台は……やはり動きが固いな」
「綺麗に動いてる様に見えるよ?」
素人目には違和感はないが、当人は未熟な様を感じ取っているらしい。
「いや、良く見てくれ。この足運びとか、ここも剣を振る腕が伸びきってない。こっちも足の運びが半歩少ない――」
そう言いながらショウコさんは自然と密着してくる。同じ動画を小さなスマホで見てるとは言え……距離感はやっぱり近いよなぁ。
「――ああ。すまない。あまり興味は無いよな」
「いや、キョウコさんって淡々としてるイメージだったからさ。ムキになってる所を見れて何か安心した」
「心外だな。私も人間だぞ?」
「それは疑ってないよ」
そう言って笑うと、ふむ……、とショウコさんは呆れた様に嘆息を吐く。
ちなみに近寄って来たときからずっと無防備おっぱいが当たってたりしてるが、賢者モードが続いてるオレには無効だった。
「でも、今はモデルの仕事もやっているんでしょ? この演舞の仕事と兼任?」
「いや、演舞の方は少し休みを貰ってる。日本に行くように言われてな」
「誰に?」
「母から」
武者修行と言うヤツかね。普段とは違う環境に触れてパワーアップして帰ってこい的なヤツ。
「とりあえず父を頼ろうと思って空港の公衆電話を探してふらふらしてたら、谷高社長に声をかけられた。今から二年前だ」
あー、ヒカリちゃんのお母様は珍しいモノには何でも食いつく、超芸術家だからなぁ。
彼女は新しい芸術を探して、飛行機に乗らないのに空港を良く徘徊する。そんでもって、そのままのノリで適当な飛行機に乗って国外に出ちゃう人だ。
「ショウコさんは綺麗だし、まぁ……あの人の眼に止まるのも解る気がするよ」
「その後は谷高社長に勧められて日本で世話になっている。だから、今はモデル一本の生活だな」
ショウコさんの経歴を知り、少しだけ彼女の事が解ってきた。
「それと、男はコレが好きだと聞いたのだか、やはりそうなのか?」
唐突に自分のお胸様を持ち上げて聞いてくる。
「……それはどこからの情報?」
「母だ」
お母様! そんな事よりも、娘さんに貞操概念を叩き込んでくれませんかねぇ!!
「まぁ……大小関係なく嫌いな男はいないと思うよ」
誰しもは最初は乳飲み子だからなぁ。遺伝子に帰省本能が植え付けられてるのかもしれない。
「君もか?」
「……」
「触ってみるか?」
「いや……止めておく」
オレは思わず出そうになった手を握り閉めて止める。
まだ賢者が子猫を抱えているが……ナニがきっかけて子猫がゴ○ラになるのかわからん。
「君はあれか? ホモなのか?」
「それは断じて違うからね!」
知ってるホモは、ほっほう! の人だけで十分だ。
ショウコさんは、異性を釘付けにする己の身体を自覚してくれ……
「そんなに全力で否定する事なのか?」
「変な認識されるとたまらないからね……」