第461話 限界生物

文字数 2,371文字

「なんだ? 戦意喪失か?」

 ゲンと相対していた1頭がのそのそと山の中へ引き上げて行った様子に蓮斗は毒気を抜かれる。

「まぁ、余計な手間をかけずに済んだのは良いことだ」

 熊に殴り勝つたぁ、蓮斗は思った以上に力をもて余していたようだな。里に生まれた嘘のような本当の話として語り継ぐ事になるぜ。

「蓮斗、行けるか?」
「この程度、かすり傷だぜ!」

 蓮斗の目立った怪我は腕を引っ掛かれたのみ。退く程の事じゃない。

「なら、俺らも行くぜ」
「おう!」

 二人は本来の目的である母屋へ向かう。そちらからは、未だに唸り声が響いていた。





「…………」

 二人と一頭。
 ケンゴ&アヤVS熊吉の戦いを母屋近くの電柱に立ち、俯瞰するのは暁才蔵である。

“才蔵、お前は退却要因だ。他の面子が危険だと判断したら手を貸してやってくれ”
“……”
“おーい、聞いてますー?”
“才蔵、お願いしますね”
“……御意”
“まったく……”

 別に姫以外に話しかけられてヘソを曲げているワケではない。婿殿の指示は余りにも身勝手過ぎると感じたからだ。
 本来ならば己の身を一番に考えるもの。(それがし)の力が要らないと言う程の実力者とも思えぬし、目を見張るようなカリスマがあるわけではない。
 故に身の丈に合わない自己犠牲は余りにも身勝手だ。

“暁才蔵よ。我ら、忍の自己犠牲は主君の為なり……”

 我が宿業たる北斎はその言葉と共に見事な散り様であった。

「見定めさせて貰おう。姫の婿にふさわしきか!」

 クワッと上から目線で眼下の戦いを直視する。





 コエは戸棚の中で踞り、膝を抱えて顔を伏せていた。
 不自由な聴覚でも聞こえていた武蔵と大和の吠える声は無くなり、一人になった不安は自分は完全に見捨てられたのだと思う様になっていた。

 怖い……

 心の中はただそれだけが支配する。これは……全部悪い夢……目を覚ませば……おとうさん、おかあさん……ユウヒが迎えて――

「うぅ……」

 そこで、コエの脳裏に甦るのは父と母が殺された音。隠れている私たちを探す音は恐怖でしかなかった。けど……あの時はユウヒが……お姉ちゃんが側に居てくれたから耐えられたのだ。

「――エ……」

 幻聴が聞こえる。こんな危険な所にユウヒが来るワケがない。じぃ様は絶対に許さないハズだ。

「――コエ……コエ!」

 今度はソレがはっきり聞こえた。聴覚が悪い私でも聞こえる程に近く――――顔を上げるとそこには……ユウヒが……お姉ちゃんが戸を開けて目の前にいた。

「なん……」

 幻覚なのか……理解の追い付かない私に偽りでないと証明する様にユウヒが抱き締めてくれる。

「ごめん……ごめんねコエ……あたしのせいでこんなに怖い思いをさせて……」
「ユウ……う……うぅ……うううわぁぁぁあんん!! お姉ちゃぁぁぁぁぁんん!!」

 いつも側に居てくれる。不安になったら抱き締めてくれるその暖かさを確かめるようにコエは姉を抱き締めて泣いた。





 荒れ狂う。
 それは手負いの熊の事ではない。
 常に切り替わる死の手番は僅な間でさえ、直死へとつながるのだ。

「ふぅぅ……」

 アヤは深く呼吸をして、ケンゴと共に熊吉と相対する。こちらは無傷で優勢に見えるが、それは大きな間違いだ。

 全ての攻撃が撃必殺となりうる熊吉の攻撃はケンゴとアヤへ常に死の気配を漂わせている。
 故に足を止める事は這い寄る“死”を肉薄させる危険な行為。この緊張感の中、アヤは機能を失った熊吉の右腕側を主に位置取って動く。

「やれやれ。そろそろぶっ倒れると思うんだけどな」

 回避に徹するアヤとは違い、ケンゴは付かず離れずの間合いで熊吉を動かし出血を誘発。時折、挑発する様にナイフでつついたり、ファブリーズを吹き掛けたりしていた。

 その隙を突いてアヤは踏み込むと『添え枝の太刀』にて、当初から狙っていた傷をなぞる。

「――」

 しかし、切り抜けた感覚から刃は通っていないと感じた。
 刀の切れ味の限界。ある程度は整備して持ち出したが、昼間から使い続けた刃はここで限界を迎えたのだ。

「グオオ!!」

 もはや、この場で自身に致命傷を与える武器は無い。そう判断した熊吉は高らかに吼えると、アヤへ腕を振るう。
 だが、アヤは咄嗟に柄尻を熊吉の手の平に合わせる様に打ち付けて攻撃を受け止める。僅かに腕の振りが鈍った隙に間合いから脱した。

「やるね」

 追撃に入ろうとした熊吉へ、アヤの動きを称賛するケンゴが割り込む。絶妙なタイミングは逆手に持ったナイフが、熊吉の脇腹――アバラ三本目の位置へ突き刺さった。

「……やっぱ届かないか」
「グァァオオ!!」

 ブォン! と空気の動く音が聞こえそうな腕をケンゴは身を引いて避ける。僅かに服が切り裂かれた。

「あっぶね」

 アバラ三本目は熊にとって心臓の位置。側面から銃で撃つ際にはソレを目安にするのだ。

「ご無事ですか?」
「服を少しかすっただけだよ」

 距離を置いたケンゴとアヤは簡単な会話にて安否を確認する。

 アヤさん。かなり疲労が溜まってきてる。これはそろそろ時間いっぱいかもしれない。

 ケンゴは技を出した後の硬直の長さから、アヤが己でも気づかない程の疲労を抱え始めたと推測。今のは何とかなったが、いずれ捕まるだろう。

 それにしても……熊吉のヤツは……火事場の馬鹿力ってヤツかねぇ。

 熊吉の馬力と動きに衰えが見えない。明確な致命傷が右腕部だけと言う事もあるが、ソレを差し引いても、ここまでの動きはちょっと異常だ。

 これは……こっちが先にバテるかもな。

 もう一手、何か致命傷を与える要素(モノ)があれば――

“うううわぁぁぁあんん!! お姉ちゃぁぁぁぁぁんん!!”

 その声は場に居るケンゴとアヤの行動を決めるモノだった。

「――よかった」

 ケンゴはコエが無事にユウヒを見つけられた事に微笑む。

「アヤさん。二人を頼むよ」

 もう、心残りは何もない。全部終わりにする。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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