第218話 それとこれは話が別
文字数 1,895文字
隣の泉さんは、更に隣の茨木さん(ヨシさんと席を代わった)とあたしが良く解らない会話をしている。姫野さんに至っては加賀さんに絡んでいた。
「楽しんでいるかい?」
皆、本当に楽しそうだなー、とお祭りの様な気分を味わっていると、正面に座る社長さんが話しかけてくる。
「はい。楽しいです」
「それは良かったよ。この中で君だけが一番若いからね。退屈だとしてるかと心配していたところだ」
社長さんは先程とは少しテンションが低めだ。昼間の豪快な様子なりを潜め、今の様子が素顔の様に感じる。
「皆さんの話は聞いてるだけでも楽しいですよ。何て言うか……大人な感じがして」
「ふむ。人にはそれぞれの段階で線が引かれている。『幼児』『子供』『大人』。この境界は中々に定義が難しくてね」
唐突に話し出した社長さんは酔っているのか昼間とは違う雰囲気で語りだした。
「『幼児』は籠が必要な者たちを指し、『子供』は首輪が必要な者たちを指す」
「首輪……」
「少々過激な言葉だが、これ以上に的を射ている表現がなくてね。止めようか?」
「いえ。最後まで聞かせてください」
彼の会社のトップ。真剣な語り手には不思議と力を感じる。
「これは肉体的な事と精神的な事の二つが絡んでくるが私が言いたいのは精神の方でね。『幼児』や『子供』のまま身体は大人になる者もいる。無論、それらが社会にとって不都合となるわけではないが、トラブルを起こしやすいだろう。主に対人関係でね」
「でしたら……『大人』の定義は?」
「籠も首輪も自らで外し、責任を己で負うことを決めた者達の事を指す」
「責任を……?」
「自分の世話は自分で出来る者と言えば解りやすいかな? 我が社で言えば課長クラスは勿論、一部の四課の面々。今の会場の面子では鬼灯君と鳳君が該当するだろうね」
「……」
深い見聞を感じる社長さんから彼の名前を上げられた。確かに彼は自分のミスどころか、小さい頃から良く庇ってくれていた事も多い。
「例え、還暦を過ぎても『子供』のままである大人が多い昨今に対して、これ程までに人材に恵まれた我が社は本当に運が良かった」
「……あたしは――」
「君は『幼児』だ」
社長さんの言葉にあたしはそれ以上の言葉は出せなかった。そんなあたしを見てか、社長さんは優しく笑う。
「恥じる事はない。君の周りには『大人』が沢山いるからね」
「……もし」
「ん?」
あたしは意を決して社長さんに聞いてみる。
「『大人』の人を好きになったら、あたしも『大人』にならないと隣に立てませんか?」
「……ふっはっは。その考えは間違いだよ。しかし、人間はどこか己と対等な者を好む傾向にある。特に円満な家族には良くある要素だね」
意見が一方的だと亀裂や摩擦が生じる。
それは、先ほどの『子供』と『大人』が関係を持った時に起こる事柄らしい。
「鮫島君。先ほども言ったが、君はまだ若い。護られる立場であり、それを自覚しない限りは籠からは抜けられないよ」
「けど……あたしは」
「好いている者を目標にしてしまう事は悪くない。しかし、それで無理をして“君”を失う事はない」
彼は、あたしよりもずっと『大人』だ。
いつも、あたしの我が儘や勝手な行動を笑って許してくれる。そんな彼に甘えてる内は……
「第一歩を踏み出したようだね」
「え?」
「己を改めて見直す。『幼児』から『子供』への一歩だ。君の周りには多くの者達が、君を成長させる為のパーツを与えているハズだよ」
見守るような社長さんの視線に多くの人達のお陰で今、ここで笑えているのだと少しだけ思えた気がした。
「社長さん。あたし、好きな人がいるんです」
「ふっはっは。なんだか私がフラれた様な構図になってしまっているが、それも酒の席として楽しむ事にしよう」
「せーじゅーりょーさーん」
その時、社長さんの背後に可愛い生き物が抱きついて来た。
「べろんべろんだね! 甘奈君!」
「てんさいのひらめきれす!」
甘奈さんって……酔うとこんな感じになるのか……。加賀さんや姫野さんの驚きのリアクションを見る限り、普段からこんなに飲む感じじゃ無いみたい。
こんなコップに入っている透明の液体は人をここまで変えてしまうのか……ちょっと恐いなぁ。
ふと、彼も同じように酔ってるのかな? と気になって視線を向けて見ると、
「――――」
眼が合って、やっぱり露天風呂での遭遇が頭をよぎり、眼を反らす。
ごめんなさい、社長さん。良い話を貰ったんですが……それとこれは話が別です!
あたしは、『大人』って大変だなぁ……と心から思いつつウーロン茶を飲んだ。