第305話 サラダバーのある場所で頼む
文字数 2,334文字
オレは女郎花と相対してから、ずっとヤツの隙をうかがっていた。
なんとしてもショウコさんはヤツの横を通して、脱出用の船に乗せなければならない。サマーちゃんは、戦うな、と言っていたが今のところはそこまで驚異を感じない。
『馬鹿者、フェニックスよ! わしの言葉を忘れたか! 女郎花教理とは絶対に戦うな! 今すぐ船内に戻れ!』
「いや、そうは言っても……」
女郎花はスマホを操作してから微動だにしない。ただ、こちらを逃がさない意思だけは、ひしひしと伝わってくる。
「一瞬でも目を離すと距離を詰めて来そうなんで」
『ぬう……』
「間も無く結果が出る。お前達の背後に居る『ハロウィンズ』にも確認を取るが良い」
バレてーら。それにしても……物騒な物言いだな。何を確認する事が――
「ケンゴさん……父と母が狙われたかもしれない」
「ユニ!?(なに!?)」
「……」
オレは女郎花を見るがヤツは済ました面で相変わらず佇む。
「サマーちゃん。ショウコさんの両親について何か情報は出てない?」
『うむ……どうやら、マズイ事が起こっておるな』
「……」
ショウコさんがオレの袖を強く握る。くそっ! 少しヤツを甘く見ていた。そこまでショウコさんに執着するなんて。
『名倉翔の方は襲撃があったそうじゃが、犯人は捕まっておる。正当防衛として黒船とか言うヤツが撃退したらしい』
あっ! そう言えば、名倉課長は社長と出張中だった!
『流雲舞子は自力で撃退したようじゃのぅ。何か、録られた動画がバズっとるぞ』
サマーちゃんがモニターにその動画を映してくれる。
その場にいた観客が録ったであろう動画では、弾を舞い避けるショウコさんの母君が、銃を持つ襲撃者と互角以上に渡り合っていた。青竜刀で。
これ、マジ? 仕込みとかじゃなくてリアル襲撃? 二人の安否を甘く見ていたのはオレの方だったか。
すると、女郎花の方もスマホに連絡が入った様だ。
「ケンゴさん……私のせいで……父と母が……」
「いや、二人とも無事みたいだよ?」
「え?」
多分、傷一つ無いんじゃないかな。ショウコさんへそう告げていると女郎花の方は驚いた様子でスマホを見ていた。
「馬鹿な……」
どうやら、失敗の連絡が来た様だ。そのリアクションを見るに、相当な手練れを送り込んだ様だが……“エンドレス転ばせスキル”を持つ社長相手では銃を持ち歩けない日本じゃ勝てないだろう。
「まぁ……社会人として予定どおり事が進むなんて本当に珍しい事だからさ」
「そうなのか?」
「うん。ショウコさんはそう言う経験無い?」
「撮影は十分なスケジュールで終わるし、演舞も時間通りが常だった」
そっか。ショウコさんは作業時間が不明瞭な仕事には着いたこと無いんだっけ。
「ハッキリしたのは、彼の目論見が外れたと言うの事で良いのか?」
「と言う事でいいよ。たぶん」
すると、女郎花はスマホを仕舞うとオレたちの方を見る。
来るか! オレは身構える。サマーちゃんには悪いがここは正面突破を決める。なんやかんやで結構足止めされたし、船内に引き返す選択は現実的じゃない。
ショウコさんをこの場から逃がせればオレ一人ならどうとでもなる。見せてやるぜぇ。オレのうんざりする程のしぶとさってヤツをな。
「……なんと言う事だ」
すると、女郎花は額に手を当てて苦悩する様にオレとショウコさんを見る。あらら、どうしたん?
「君の……君の光に陰りが見える……私が護ると誓った……光が……」
何言ってんだコイツ? オレが困惑して構えたまま、ショウコさんを見ると、彼女も首をかしげていた。
「私の光が……弱くなっていく……なんと……なんと言う事だ……」
二回目の“なんと言う事だ”を貰ったわ。本当にショックなのだろう。知らんけど。
「ユ、ニコーン。ユニコンコココーンコココ。(あ、それじゃ。何だか大変そうなのでオレ達はお暇しますね)」
オレは構えを解くとショウコさんの手を取って、片手を上げつつ、サイナラ、と女郎花の横を一般通過。特に妨害は無し。あれ? マジで行けちゃう?
「何故……何故だ……何故……今になって陰りが……」
何かぶつぶつ言ってますけど、彼は大丈夫だろうか。完全に横を抜けきったが、女郎花はまだ苦悩している。
『フェニックスよ。クルーザーを着けたぞ』
ショウコさんが船の端から下を覗き込むと、ブルーシートを外したヨシ君達を確認。
「迎えの様だ」
「焼き肉を食べに行く?」
「サラダバーのある場所で頼む」
オレらはもう帰宅モード。オレはヨシ君の投げてくれた縄を取ると、近くの凹凸にギュッと固定し、ショウコさんから先に降りて貰う。
「お前か」
その時、背後から女郎花がホラーさながらにオレの肩を掴んだ。どうやら脳内の考えはまとまったらしい。
「ユニコーン。コココンユニコココ(これから焼き肉に行くんだ。朝から野菜しか食べてなくてね)」
「そのふざけた音声を切れ」
正論! と、オレは身体を回転させながら肘を振るう。ショウコさんが降りきるまで時間を稼がねばならない。
しかし、女郎花はソレを沈んでかわすと、オレの肘と腰を持ち上げ、倉庫内部へと投げた。
「ユッニコ!?(ウッソだろ!?)」
当然のように重心を見切られて、ユニコ君『Mk-VI』を投げやがった。こちらの重量は80キロ近くあると言うのに……どんな身体能力だ!
「お前にはわからぬだろう……私の苦しみが……」
「ユニコユニニニコーンコーン!(中二病は遅くとも18歳で卒業しとけ!)」
オレは膝立をしながら歩み寄ってくる女郎花を見上げる。どうやらショウコさんよりもオレに注目を向けてくれている。
「ユニココーン……(避けて通りたかったぜ……)」
ラストバトルを回避する事は現実でも不可能らしい。