第61話 おばさんはやめて
文字数 2,103文字
「そうだよ。大きくなったねー、まだあたしの方が背は高いけど、すぐに追い抜かれちゃうかも」
拳一つ背の高いリンカは、ケイタに近づくと身長を比べた。
昔から知っているからか、あまりにも近いリンカの感覚にケイタは思わず距離を取る。
「あ……ごめんね」
「い、いや。ちょっとびっくりしただけ……」
そうは言いつつも、ケイタはリンカと眼を合わせられない。
「そっか。今は夏休みなんだよね。どこかにお出かけ?」
家に寄り付かない為に着替えを取りに来たとは言えない。
そもそも、リンカはケイタの今を何も知らないのだ。
「ま、まぁ……そんなとこ。リンカ姉ちゃんは帰って来たの?」
「盆休みだけね。明後日には帰るよ」
「そうなんだ……」
だからそれまでに掃除を終わらせないとね、とリンカは草刈りを再開する。
「ケイタも宿題とかはちゃんとやりなよ。あたしはこっちで手一杯だから手伝えないからね」
宿題どころか、学校さえもまともに行っていない。ケイタはせっせと仕事をするリンカを見て居たたまれない気持ちになった。
「……手伝うよ」
「いいの?」
「どうせ暇だし」
ありがとー、と予備の軍手をケイタに渡し、予定よりも早く帝国は滅んだ。
「あら~ケイタ君? 大きくなったわね~」
草をごみ袋に詰め込んでいると、様子を見にセナが家の中から現れた。
六年前と見た目が変わらないセナに驚きつつも、ケイタは挨拶する。
「こんにちは、鮫島のおばさん」
「セナさん、で良いわよ~。おばさんはやめて」
最後あたりは何か悪寒を感じる声色。ケイタは、セナさん……と言うとセナは、ぱっと笑う。
「休憩を、って思ったけど……もう終わったのね~」
「ケイタが手伝ってくれたから。ありがと」
「いや……」
笑顔でお礼を言われて恥ずかしさから眼を背ける。
「じゃあ、はい」
と、セナは500円玉をケイタの手に渡した。
「暑かったでしょ~? これで冷たい物でも買いなさいな」
「え……いや……別に」
そんなつもりではなかった。昔と変わらずに接してくれる二人に慣れず、動揺してしまう。
「もってっていいんだよ? ケイタが手伝ってくれたお礼だから。まぁ、金銭ってのはどうかと思うけど……」
「台所は使えないのよ~。冷蔵庫は動かしたばかりだからアイスも買い置き出来ないし~」
だから好きなものを、とお金を渡したのだ。
ケイタにとって500円玉はいつもゲームや適当な買い物で簡単に消えるモノ。しかし、この500円は……
「あ、ありがとう。俺、もう帰るから」
そう言って逃げる様に家に帰った。
「……なぁ、吉澤」
「なに?」
「宿題って何が出てんの?」
夜になってケイタは近くの銭湯に居た。
その銭湯は住宅街となる前から存在している小さな老舗であり、さほど大きくなくとも地元では子供からお年寄りまで、こよなく愛されている。
「学校来れば?」
番頭に座ってラノベを読む、
ケイタとは小学生の頃からの腐れ縁だった。
「……今さら行ってなんになるんだよ」
「じゃあ、それで良いんじゃない?」
歳に似合わず何かとドライな吉澤は、他と違ってグチグチ言ってこないので、ケイタとしては色々と声をかけやすい存在だった。
「どうせ、アンタと不良グループは宿題なんて出されてもやらないでしょ?」
「……」
「やりたい人がやればいいのよ。まぁ、アンタはそれ以前の問題だけどね」
帰らないなら何か買いなさいよ、と言う吉澤に100円を渡すと近くの業務冷蔵庫からコーヒー牛乳を取る。
「……努力しても誰も見てくれないなら、する意味はないだろ」
「考え方は人それぞれって事ね。て言うか何かあった?」
いつもならすれ違う事が多いケイタと、ここまで会話をしたのは小学年以来だ。あの時は今ほど荒れてはいなかった。
「……別に」
コーヒー牛乳を飲んだら友達の家に行こう。二人は明後日には帰るのだから、それまで顔を会わせなければいい。
「…………」
しかし、ケイタの心は本当にこれで良いのかと思ってしまう。
もやもやしたまま、近くの椅子に座ってコーヒー牛乳を飲んでいると、
「二人良いかしら~」
「はい。あちらで券を買ってください」
セナとリンカが銭湯に入って来た。咄嗟に顔を伏せて知らぬ人を装う。
「ご旅行ですか?」
吉澤は券を受け取りながらあまり見ない二人に世間話を投げ掛ける。
「久しぶりに地元に帰ってきたの。ここは何も変わってないわね~」
変わった内装は自動販売機が出来たくらい。セナは懐かしそうに呟く。
「……」
早く行ってくれ。ケイタはそう思いながら顔を伏せていると、
「ケイタ? おじさんと来たの?」
そう声をかけられて顔を上げると、リンカが微笑んで立っていた。
「……なんで、俺だって?」
「そりゃわかるよー。あたしの記憶は大きくなったケイタにちゃんと更新されてるからね」
「……」
「あ、なんか嫌だった? 話しかけられるの」
「い、いや……別に」
恥ずかしさのあまり顔を背けると、よかった、とリンカは再び微笑む。すると、リンちゃーん、とセナに呼ばれる。
「またね」
そう言ってリンカは女湯へ入って行った。