第586話 人を傷つける拳

文字数 1,934文字

「……どうした? 亮」
「師範……俺を破門にしてください」

 5月の後半。
 怪我が痛々しく残る大宮司は、学校から謹慎を言い渡された時に、道場の掃除をする祖父のシモンへ懇願した。

「理由はどうあれ……この拳を私情の暴力に使ってしまいました。本来なら……そんな事の為に師範は教えてくれたわけでは無いのに……」
「破門にはしない」
「! 何故でだ! 祖父ちゃんはいつも言ってたじゃないか! 道場の教えは他人を護るためにあるって! 俺が居ると……きっと迷惑をかける……だから!」
「わからんか? 亮。お前は何も間違っていないからだ」

 シモンは迷い無くそう断言した。

「確かにお前の拳は多くを傷つけたかもしれん。しかし、それは何かを護るために振るった結果だったハズだ」
「……でも……」
「お前は不器用だ。言い訳も、他人も頼ろうともしない。それが短所であり、そして長所でもある」
「……」

 元々そうだった。孫が道場に通うきっかけは、誰かを護りたいと思ったから。
 何かに触発されたとか、憧れの人を目指すとかじゃない。
 ただそれだけ(・・・・・・)の理由で孫は拳を作るのだ。

「亮。お前の拳は何も変わってないよ。その証拠に、ケイや他の門下生達、そしてワシら家族はお前の事を誰一人として卑下する事は居なかった」
「……俺……俺は……」
「それでも自分の拳に納得が行かないなら、その純度を求めよ」

 シモンは隻眼で孫を見る。

「お前は暴力の連鎖に乗った。いずれまた、拳を振るわなければならない時が来るだろう。その時の拳は相手と同じ“暴力”を振るってはならない」
「……」

 大宮司は己の拳を握る。

「亮、今は多くの人に誤解されるだろう。だが、この道を進めば皆がお前を必ず解ってくれるハズだ」





 深い考えは無かった。
 机から落ちたコップを咄嗟に受け止める様に、誰かが困っていたら力になってあげたかった。

 “人を傷つける拳”と“人を助ける拳”。

 その定義は人によって曖昧だ。どっちも暴力と見る人もいるだろう。

「勝負します」
『ありがとう。みんな、少し距離を開けてくれるかな?』

 俺が戦う時に皆が向ける目の大半が“人を傷つける拳”。けれど、

「大宮司先輩。駄目ですよ……」
「大丈夫だ、鮫島。俺に任せてくれ」

 “人を助ける拳”だと一人でも見てくれる者が居るのなら、俺が強さを目指す事に意味はあるのだと思えるのだ。





 佐々木は高校生クラスでは良くても不良を圧倒できるレベルで、上振れても準プロくらいだと思っていた。しかし、

「……驚いたよ。君みたいな高校生がいるなんてさ」

 人によって出来た円形のフィールド。その中に現れた大宮司の実力を感じ取った佐々木は、改めて己の視野の狭さを知った。
 目測でも彼の身長は180を越え、歩き方から体幹やしっかりとした重心が見てとれる。

 彼を転ばせるイメージがつかないな。

 佐々木は今まで会ってきた実力者の中で目の前の大宮司に勝てる人間を考えてみるが……

 正面戦闘じゃ、プロでも勝てないかもね。

 可能だとすれば、搦め手を使うようなヤツ。8月に俺が戦った例の“くも男”君ならワンチャンあるかもね。
 しかし、探りの段階でここまで感じられるとは。何が彼をここまで鍛え上げたのか、純粋な興味が湧く。

「互いに致命傷だと思う攻撃があったら止めにしよう。審判も居ないし、お手柔らかに頼むよ」
「はい」

 佐々木と大宮司は向かい合うと互いに構える。
 体格は彼の方が一回りほど大きいが、ソレは威圧による錯覚も混じっているだろう。後はいつも通り――

「慣れていくだけさ」

 大宮司が踏み込む。跳び前蹴り。その体格から生み出される蹴打は受けきれる威力ではない。

 驚いたな……

 しかし、跳び前蹴りを仕掛けた大宮司は残像のように消えた。佐々木は驚嘆する。

 格闘技をやっていると少なからず、相手の闘気を感じる術を得る。それによって、ある程度は先を読むワケなのだが――

 殆んど実態に近かった。ここまで濃い闘気を放つなんて尋常じゃないレベルだな。

 ふと、目の前に現れた大宮司が顔に向けて旋風脚を放つ。

 これも闘気――

 ズンッ! と重々しく踏み込む音が聞こえる程の重量感を持つ正拳突きが佐々木に見回れた。

 これも――闘気だ!

 大宮司の威圧を見切った佐々木は逆に責めると、ムエタイのフットワークで近づき、ボクシングのラッシュを仕掛ける。それを、

「――――」

 大宮司はその場から半歩動いた程度の足運びにて、最低限の動きでかわす。
 リングの壁が生徒達で出来ていると考慮して大きく動かない。もっとも、佐々木に当てる気が無いと言う事も考慮しての結果であるが。
 佐々木は、タンッ、と中央に戻る様に距離を取る。そこへ――

「――凄いな、君は」

 大宮司が意識の隙間をついて距離を詰める。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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