第290話 今後ともよろしくのぅ
文字数 2,254文字
そして、ショウコの客室にノックをした。
「……流雲様。居られますか?」
中から返事はない。逃げ出した様子も無いので中に居るだろう。
「入ります」
カーシャは断ってから部屋の中へ。ショウコはベッドに背を向けて座っていた。
「此度は旅程の最中、貴女様の世話をするカーシャ・ラングレンと申します」
「……」
「ご用がありましたら私にご連絡を」
ショウコは背を向けたまま何も反応が無いので、カーシャは取りあえずその場を去ろうとした。
「……怒らないのか?」
ドアノブに伸ばした手が止まる。
「私は奴を傷つけた」
「……社長は、気にしていません。よって私も気にしません」
「まるで人形だな。奴の操り人形だ」
カーシャはショウコへ向き直る。
「貴女は籠の小鳥です」
「人形よりは良い」
「自由はありません」
「どう捉えるかだ」
沈黙が二人の間に流れる。
「……奴は私の悪夢だ」
「……」
「奴が居る限り、永遠に目覚める事はない」
「……黙りなさい」
「奴は狂っている」
「黙れ……」
「生きているべきではない」
「黙れと言っている!」
カーシャはショウコをベッドに押し倒すと、顔の横にナイフを突き刺した。
「お前に……何がわかる? 銃声も空爆も日常にない安寧で生きてきたお前に!」
今にも刺しそうな雰囲気でもショウコは怯む事なく淡々と見つめ返す。
「自分たちだけが辛いと本当に思っているのか?」
「……」
「自分の痛みなど、他人には理解出来ない。例え、銃声も空爆も無くとも死ぬ様な恐怖は何処にでも潜んでいる」
「……話になりません」
まるで怯まないショウコの様子にカーシャは逆に冷静になった。
「女郎花教理は貴女にとって大切な存在かもしれない。だが、私にとっては――」
“ショウコ。これからはお母さんと暮らしなさい。それがお前のためだ”
「家族を引き裂いた悪夢だ」
カーシャは殺意の眼でショウコを見つめる。ショウコは淡々としながらも内心はいつも刺されるか緊張していた。
「……なるほど。貴女は自暴自棄になっている様ですね」
目を合わせる事で、相手が見せる反応から感情を読み取る。その感覚が誰よりも鋭いカーシャはショウコが挑発してくる意味を理解した。
「あの方に勝てるつもりだったのでしょう? それが不可能だと知り、どうして良いか解らない」
「どうだかな……」
「その返答が答えです」
ショウコは表面上は淡々としているが、僅かな汗や強張る様子から内心は平常ではないと悟る。
「貴女は何も出来ません。大人しくしていれば鳥籠の中で生きて行けるでしょう」
「そんなつもりはない」
もはや、彼女の未来は変わらない。それでも表面上は強くあろうとするショウコの様子にカーシャはまだ彼女には“支え”があると感じた。
「……今さら何をしようと、何が起ころうとも貴女の未来は既に決まりました」
ただの悪あがき。カーシャはそう判断しベッドに刺したナイフを引き戻し、身体を起こす。
すると、ナイフの柄に三つ編みの赤紐が引っ掛かりほどけてしまった。
「!」
「大人しくしていなさい。そうすれば私も社長の指示を完璧にこなしま――」
その時、咄嗟にショウコがナイフを奪おうと動いて来た。突然の行動に対してもカーシャは冷静に対処するとショウコをベッドへ突き飛ばす。
「今さら武器を奪おうとは。見苦しい」
「かえして……」
すると、今まで淡々としていた彼女から驚くほど弱々しい声が出る。
それどころか、雰囲気も全く別物だ。
ナイフを奪おうとした訳じゃない? カーシャは柄に引っ掛かったショウコの赤紐に気がつく。
「これが貴女の大切なモノですか」
「お願い……返して……」
カーシャはショウコの状態を見た上で冷静にこの様を利用する事を決める。
「本国まで大人しくしていれば返して差し上げます」
ベッドに乗って弱々しく項垂れるショウコにそう言うとカーシャは赤紐を胸ポケットに仕舞う。
「また様子を見に来ますので」
そう言い、部屋を後にした。
「よくもまぁ、どかどかと押し寄せてくれたな」
「緊急事態じゃ! フェザー!」
「その変なあだ名つけるの止めろ」
「カッコいいじゃろ? フェザー!」
「クロさんに茶化されるんだよ。サマー、この件は前の貸しを返す分だ」
「それで良いぞ! どうせクロトの事じゃから、また何かしらの貸しを作るじゃろうし!」
「そうなんだよなぁ……あの人、お前らみたいの大好きだから。どうしようもないんどけどな」
「ズッ友と言う奴じゃな!」
「俺としては、いきなりやって来て、最新型を寄越せって言われると絶交したくなるぜ。金銭以外の返済ほどダルいモンはねぇ」
「固いこと言うでない! きちんと返すからのぅ!」
「フルアーマー3機に噂の『Mk-VI』を積んで何言ってやがる。拠点制圧でも始める気か?」
「狙いはあれじゃ」
「……おい。あのタンカーは『プラント』が所有してるヤツだぞ?」
「んなモン知っておる!」
「女郎花教理はクロさんも面倒だから手を出すなって言ってる奴の一人だ。何かあってもこっちは無視を決め込むからな」
「ほほぅ。益々、やりがいがあるわい!」
『ナツ、積込が終わった、ぞ!』
「うむ。出撃じゃ!」
「楽しそうだなお前ら」
「それが『ハロウィンズ』じゃからな! 人をおちょくる事にかければ右に出る組織はおらん!」
「狙われた組織や国はいい迷惑だよ。『ファミリー』も含めてな」
「今後ともよろしくのぅ」
彼女はギザっ歯を見せて、とても良い笑顔で笑った。