第398話 ユニィ……(ふげぇ……)
文字数 2,527文字
レツにも手伝ってもらって、服の上から着ぐるみに入るように完全装着。
ブゥン。と暗転から一気に明るくなり、最新のVR技術も遺憾なく使われる全天モニターは普段の視界と何も変わらない様を再現していた。
『映像の誤差も一旦はフェニックスに合わせておるでな』
サマーちゃんからの通信も良好。簡単に身体を動かすが違和感は全くない。ホントに凄い技術だよなぁ。
「そう言えばさ。このスーツって何のために造ってるの?」
衝撃耐性とか全身を覆うとか、まるで戦闘を想定しているかのような方向性だ。
『人が踏み居る事が困難な被災地への救助活動を想定しておる。要するに人命救助じゃな。頭部を覆うのはヘルメット代わりじゃ』
「へー。でも角は要らなくない?」
『馬鹿者! 角がなかったらユニコ君では無いではないか!』
見た目は完全にユニコーンガン○ムなんだけどなぁ……
あの愛くるしくも戦獣でもあるずんぐり二頭身のユニコ君とは似ても似つかないのが『Mk-VII』です。
『サマー、本気でやってもいいんでしょー?』
ビクトリアさんの声が明確に聞こえる。音を拾う機能は十分過ぎるくらいだ。
『うむ。そうでなければデータは取れぬのでな』
『OK』
『くふふ。音楽は要りますか?』
『ホーダじゃないし、別にいい』
すると、ビクトリアさんはスピードスケーターの様なポーズを取ると左右に身体を流す様にゆっくりステップを踏み始める。
『フェニックス。お主もカツを倒す気概で向かうが良い。その方が面白いでな』
「そうっすか」
何にせよ、相手が女郎花クラスで無い限り、こちらがぶっ飛ばされる事は無い。タンカーでは、サマーちゃんのサポートがあったとは言え、女郎花以外は快勝だったからな! ガハハ!
「ユニユニ(遠慮は無しで行くよ)」
と、外へ音声を発するとそんな声に変換された。
「……ちょっと、サマーちゃん。この音声は一番要らなくない?」
『う、うむ……何故か、そうなってしまうのじゃ。初期の頃から原因の究明に努めておるが……未だに不明じゃ』
『別に良いってどうせ――』
そう言うビクトリアさんの姿が消えた。彼女は左右に流れる様な動きから沈むように半回転すると地面に手をつける回し蹴りをオレの脇腹にぶつけて来た。
『言葉なんて意味ないし』
「ユニッ!?(うふぅっえ!?)」
予想以上の威力にオレは踏ん張る事が出来ずに無様に吹き飛ぶ。『Mk-VII』の重量を軽々と動かす蹴り。生身なら間違いなく死んでる威力だ!
『いきなり“
『くふふ。衝撃は1tハンマーの振り下ろしと同じ数値が出てますねぇ』
サマーちゃんとレツは目の前の端末で『Mk-VII』の情報を常に拾っている。
どうやら、ユニコ君『Mk-VII』が人命救助を目的としたのは成功だ。何せ……今オレの命を救ってくれた!
『簡単に壊れないのは知ってるからさ。このまま殺すわ』
ビクトリアさんは先ほどの蹴りから繋ぐ様に回ると、更なる蹴りが顔面に襲いかかる。
『アルマーダ』
こちらに反撃の間を与えない程に洗練された繋ぎによる蹴りは顔面を横から凪ぐ。オレは咄嗟に腕でガード。しかし、その威力にガード事、大きく弾かれた。
遠心力も含んでいるのだろう。マジで全てが一撃必殺級だ。
「ユニッ!(クソッ!)」
PS5をやる前に死んでたまるかよぉ!
カポエイリスタ。
それは、足技主体の格闘技である、カポエラを駆使する者達指す言葉である。
元は、黒人奴隷が看守にバレない様にダンスをしながら編み出した格闘技と言われており、その際に手枷を付けられた状態であった為に、足技を中心に考えられたと言う。(諸説あり)
身体を大きく揺らす基本的なステップ“ジンガ”や、それによって生まれる遠心力を主として蹴りの攻撃力を上げる。
現在では手技もいくつかあるものの、総じて足技の方が多く、深い歴史と研鑽の果てに他の格闘技には無い形態を確立しているのだ。
だが、それは『カポエラ』を只の格闘技として外から見た場合である。
感受性の高い――“深い”カポエイリスタであれば、ジョーゴをする事で相手の気持ちや心情をより深く知る者も居た。
二発の蹴り。それだけでビクトリアさんは、オレの中の強者ランキング(腕っぷし番)の上位に入った。
カポエラ。名前と足技が主体と言うことは知っているが、こんなに――
「……ユニ(くっ)」
ゆらゆらと揺れる動きがまるで捉えられない。ビクトリアさんはオレよりも身長は上なのに、的を絞れないのは、スケーターみたいなポーズによる動きに視線を常に動かさないと行けないからである。
正直、今まで相対したどんな人間よりもやりづらい。それでいて――
「――ユッ!(ッ!)」
砲撃級の蹴りが唐突に飛んでくる。ユニコ君『Mk-VII』のおかげで何とか耐えられるが、こちらもリアクションを起こさないと、いずれは限界が来る。
「ユニコーン!(ここだぁ!)」
ビクトリアさんのステップの繋ぎ目を捉え、オレはお馴染みのサンボタックル! カポエラの領域に付き合い続ける必要は……ない!
『――――』
しかし、オレは踏み込んだ瞬間にビクトリアさんと目が合い悪寒を感じた。これは……繋ぎ目を捉えたんじゃない。動かされた――
ビクトリアさんが消えた。いや、オレの視界の死角になる程に回転しつつ身を低くし――
『ハボジアハイア』
タックルによる前のめりなオレの真横の死角から、頭部を大きく揺らす回し蹴りが炸裂。『Mk-VII』が衝撃過多を検知し、ビー! と警告音を鳴らす。
最初に受けた体幹をまるごと動かされた、あの蹴り。『Mk-VII』越しだと言うのに意識を一瞬飛ばされた。完全にフラついたオレは転びそうになるも何とか踏み留ま――れなかった。
いつの間にか逆立ちする様な姿勢のビクトリアさんが影を作り、そのまま、真上から蹴りを振り下ろす。オレは地面にキスする様に叩きつけられた。
「ユニィ……(ふげぇ……)」
そして、またもや、ビー! と警告音。
この数分でオレは何回死んだんだろうか……