第160話 うるせぇ仕事しろ

文字数 2,177文字

 天月新次郎。
 その名前の男が1課に顔を出すと男女問わずに注目を集めた。

「本日より9月中、お世話になる天月新次郎(あまつきしんじろう)です! よろしくお願いします」

 オリンピック代表選手。天月の家系。世界記録保持者。
 彼の名前を聞いて連想するのはそのあたりで概ね間違いではない。
 浮世離れなメダリスト。そんなイメージを払拭する丁寧な一礼には1課の面々は好印象を抱いていた。

「どーも、メダリスト。俺は杉田。一応は1課の取りまとめの一人だ」
「よろしくお願いします、杉田さん」
「悪いが話が出たのが昨日の今日でな。デスクを用意出来てないんだ」
「杉田」

 すると、背後から課長席に座る七海が声をかける。

「ソイツはデスクが用意出来るまで倉庫の整理させとけ」
「いいんスか? 話だと相当出来る――」
「ケイさん」

 一同が、え? と七海の下の名前を口にする天月に視線を送る。天月は視線をモノともせずに七海の前まで歩き、

「貴女に言われた通り、ここまで来ました。正式な手順を踏み、目の前に立ちましたよ!」

 ざわざわ。どういう事だ? 課長は知り合い? などど天月と七海の接点をまるで予想できない課の面々は疑問を口にする。

「あー、わかったわかった。杉田ァ」
「約束通り、お付き合いしてください」
「仕事しろ」
「……ふっ、照れ隠しですか?」
「うるせぇ仕事しろ。杉田ァ! コイツさっさと連れて行け!」
「ウッス。メダリストはこっちだぜ」
「すぐに戻りますよ。ケイさん」

 杉田に連れて行かれる天月を見て、はぁ……と深いため息を吐く七海は一同の視線に気がつく。

「なに見てんだ。お前らも仕事しろ!」

 七海の怒号に、一同は慌てて作業に戻った。





 オレが食堂でヨシ君と昼飯を食べていると泉が現れた。

「ここいい?」
「ああ」
「どうぞ」

 泉はヨシ君の隣に座り四人席の三つ目が埋る。
 普段は女性社員と昼を共にする泉が自分から相席をしてくるのはちょっと珍しい。

「珍しいな。なんかあったのか?」
「そうよ」

 少し元気がなく疲れている様子。心当たりはある。

「鬼灯先輩が9月いっぱい居ないからか」
「……そうね……ケア出来る人が居ないのは……大変よ」
「?」

 泉の返答は脈絡がない。何を言いたいのかもう少しつついて見る。

「なんかあったのか?」
「よもや、噂の天月殿の件ですかな?」
「正解。色々、気を使って大変でさ」

 話題のメダリストは1課で大暴れしているらしい。意外だ。そう言うのは七海課長が押さえ込みそうなモノだが。

「七海課長はどうした? あの人の圧ならヤクザも黙るだろ?」
「……その課長がターゲットらしいの」
「は?」
「ふむ……」

 泉の発言にヨシ君は納得するように腕を組む。

「どうやら、思った以上の御仁だった様ですな」
「なんだ? 待て待て、オレを置いていくな。説明プリーズ」

 面倒事である様だがカヤの外は不本意だ。

「4課では社に来る者は全て事前調査をする事になっております」
「知ってる」
「無論、天月殿に関しても調べました。凄まじい経歴の持ち主である事は皆さん周知でしょう」
「ええ」
「我輩の調査では、七海課長は以前から天月殿とは接点があった様でして」
「え? マジ?」
「どーやって調べたのよ」

 ヨシ君の情報収集能力にオレも泉もそれぞれリアクションする。ヨシ君は、コツがあるのですぞ、と調べ方についてははぐらかした。

「七海課長がご家族でフランスに旅行に行った時に当時の代表選手だった天月殿と会っているのです」
「七海課長のご両親って偉い人だっけ?」
「お父上は元1課の課長ですな。今は別の支社の支部長をやっております。奥方は専業主婦です。弟君も優秀ですぞ」
「弟さんいるんだ」
「それ、初めて知ったわよ」
「七海課長はあまり身辺を語りませんからなぁ」

 別に隠すことでもないし、今まで誰も聞くことがなかったのだろう。仲の良い鬼灯先輩や轟先輩は把握していそうだが。

「しかし何があったんだ? まさか……七海課長に惚れて日本まで追いかけてきたとかねぇよな」

 オレは冗談交じりにそう言うと、泉とヨシ君は驚いた視線を向ける。

「え? 当たっちゃった?」
「ど真ん中にね」
「ほっほっほ。鳳殿の勘は並みではないですな」
「……それじゃ……メダリストは七海課長を追いかけてきたのか?」
「……あの言動からすると、多分そーよ」

 オレの発言に対して泉は心当たりがありまくるらしい。
 七海課長は美人だ。鬼灯先輩の美しい系や轟先輩の可愛系とは異なる、凛々しさ系の美女である。
 しかし性格も相まって、頭にハートを着けて寄って行くのは女性の方が多いが。

「それで……何かと七海課長に言い寄ってね。私たちはハラハラものよ」
「七海課長ならセクハラで訴えるとか言いそうなモンだけどな」
「無茶苦茶仕事が出来るのよ。倉庫整理も一時間くらいで完璧に終わったし、自分のデスクを自分で取りに行ったし。やることやってからアプローチしてるの」
「支部では、自分の仕事に加えてエリアマネージャーもしているそうですからなぁ」
「スペック高過ぎない?」

 人生三週目とか行ってそう。

「あの“天月”ですからなぁ」
「そーね。噂では聞いてたけど……間近で見ると凄まじいわ」
「その一言で納得出来るのがヤバいな」
「ここか泉」

 と、七海課長ご本人が降臨。オレとヨシ君は一礼する。

「四人席のラストです」
「わりーな」

 七海課長は最後の席に疲れた様に座った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み