第572話 質問よりも、実物を手に取れ!
文字数 2,554文字
なんの補正がかかったのか、その美少女に頼まれて再度会うことになりテツは彼女とファミレスで二度目の邂逅を果たした。
『ハロウィンズ』の面子は小型カメラを仕込んだ眼鏡をテツにかけさせて例の美少女の顔を確認。即座に身元を洗い出すと身内にとんでもない大物が居ることが解ったのである。
「…………」
「あの……何か私についてますか?」
その美少女が目の前で明治時代の軍服を着る生徒――暮石愛だったのだ。彼女は文化祭に入場する為のチケットをテツに渡し、来てくれる様に頼んだのである。
そこまではまだ良い。しかし、その理由をテツが聞いても恥ずかしそうにはぐらかし、全くもって明かさない事に『ハロウィンズ』は一層警戒した。
そして、その事はショウコにも話し、マネージャーと言う形で、面子の中で比較的にマトモな容姿をしているビクトリアが文化祭へ偵察に来たのだ。
一見は……人畜無害に見えるけどね……
暮石の雰囲気は優れた容姿以外は何も変わらない。ビクトリアの高い感受性をもってしても流石に初対面の人間から本心を感じるのは不可能だった。
『ごめんね。トイレがどこか解らなくて人の多い所に来ちゃった』
と、ブラジル語で喋るとビクトリアを見ていた生徒たちはギョッとする。
言葉が通じないと何が原因で不快にさせてしまうかわからないし、何だか得体の知れないモノに見えてしまう年頃でもある。
「あ……」
暮石も驚いた反応を見せる。その様子は本当に年齢相当の少女だと思える反応だった。
ちょっと神経質過ぎたかな。
『まぁ、来た道を戻るよ。騒がせてごめんね』
ブラジル語でそう言うと、くるっと踵を返して歩き出す。他の生徒たちはビクトリアに道を開けた。
「サマー、考えすぎだと思う。多分身内が凄いだけで本人は凡人」
『ふむ。取り越し苦労かのぅ』
「顔を会わせた感じはそんなトコ――」
『私は暮石愛って言います』
と、ビクトリアはブラジル語での返しに足を止めて振り向いた。
『時間があれば、こちらの『偉人カフェ』にも寄ってくださいね』
『……フッ時間があったらね』
ビクトリアは手を上げるとそのまま暮石に背を向けてその場を去る。その背後から、
保険委員長!? 今の何語!?
今の人、何て言ってたの!?
などと、ビクトリアのブラジル語に対応した暮石に質問と人が集まっていた。
「サマー、前言を少し撤回するわ。ちょっと特別かもね。あの娘」
普通は言語を理解してても咄嗟に返そうと思わない。しかも、違和感の無い流暢な言葉走りだった。つまり、そう言う状況に慣れているのだ。
『ふむ。表の功績に残らん能力は流石に事前に調べようが無いからのぅ』
「まぁ、セキュリティ的にも深く調べるのは無理しょ。ソーリダイジンの身内だし」
後はテツに任せた。と、ビクトリアは事前調査を打ち切ってショウコの元へ戻る。
ヒカリとリンカはグラウンドの一角にある野球部の所へ足を向けた。
「野球部か……」
「あ、そう言えばヒカリって野村先輩に……」
ヒカリは二年で野球部のエースである野村に告白されていた。
しれっと断ったが、野村は諦めきれず甲子園で優勝したら再度告白すると言って奮起。
なんと本当に甲子園へ行った。しかし、一回戦に当たったのがダイキの高校(甲子園常連の古豪。優勝候補)であっさり負けたのである。
「どうする? 止めとく?」
「うーん。いや、折角来たし門を叩きましょう」
野村との関係に関しては少し気にかける所があるものの、それをあまり気にしないで話しかけるのがヒカリスタイルだ。
リンカとヒカリは『野球部の出し物』と書かれた案内看板に従って更衣室の裏手にあるブルペンへと顔を出す。
「おーっと惜しいな!」
「くっそー!」
なにやら盛り上がっている。
見ると何人か顔ぶれの男子が確認できた。全員一年生である。
彼らは九つの番号がある正方形の板にボールを投げて、その番号の枠を打ち落としていた。古き良き野球部の出し物『ストラックアウト』である。
「挑戦は一人一日一回までだからね。また明日来てくれよな」
野球部はストラックアウトを設置して、それで落とした札の枚数で景品を提供する催しをやっているらしい。
「ん? お! 女子が来たぞー、お前ら。しかも、メイドだ」
少し覗いていた所をリンカとヒカリは見つかった。見つけたのは野球部の三年女子マネージャーの
「おう、らっしゃい! 女子でも気軽に参加出来る様に私が居るからな!」
男っ気溢れるマリー先輩の両親は漁師と海女さんらしく、高校は地元から出て来て一人暮らしをしてるらしい。ちなみに名字で呼ばれる事を嫌うので、皆にはマリー先輩と呼ばせている。
「こんにちはー、マリー先輩」
「おう、こんにちは! さっき水間も来たが、アイツの情報でここに来たか!」
「いえ、時間潰しを考えたら野球部かなっと」
「ハッ! そうかい! しかし、数ある運動部のイベントの中で
マリー先輩は、近くの壁に貼られたルールを指差し出す。
リンカとヒカリはそれを呼んで大体のルールを把握。
『初心者』と『経験者』の縛りに別れており、それによって投げられる球数と景品が変わるらしい。
「一人一日一回。そして、プレイ料金は500円と高額だが、それに似合う商品がある!」
「へー……ん?」
リンカとヒカリは景品の欄に思わず眼を向ける。
「最新の『万能包丁シラサギ』!?」
「舞鶴琴音の『ファーストアルバム』!?」
他にもPS5とかSwitchとかもあるのだが、リンカとヒカリの注目はその二つへと向いていた。
「ほう……今流行りのゲーム機に眼が行かないとは……二人とも中々の玄人だな!」
「マ、マリー先輩……これって限定モデルのシラサギブランドですよね!? 海外じゃないと買えないってやつ!」
「そ、それに……舞鶴琴音のCDの価値って知ってるんですか!?」
どうやってこの二つを揃えたのか。その問いを遮る様にマリー先輩は手をかざす。
「質問よりも、実物を手に取れ!」
そして、ピッ! と親指をストラックアウトへ向けると、野球部がせっせとパネルをセットし直している所だった。