第417話 summer35
文字数 2,316文字
バニーガール、メイド、浴衣、中華服の4点の撮影を終えた。
時間的には二時間弱。撮影事態はショウコさんの助言やオレと撮影待ちの人による補佐で思ったよりもスムーズに進んだ事も要因だ。
夏のコテージでの撮影の様に本格的ではなかったものの、個人で撮る分でもこんなに時間も手間もかかるとは……世の中の写真集を出す会社は本当に大変なのだと思える経験でもあった。
「イッヒッヒ。流雲嬢は荷物の受け取りだったねぇ」
「はい」
各々の報酬タイム。仕事を終えた後の時間は労働に重視しなければ味わえない解放感だ。
「イッヒッヒ」
すると、お婆さんはしゃがみ、カウンターの下のマットをめくる。そこには更にロックのかかった床扉があった。店内の至る所に隠し倉庫がありそうだなぁ。
ピッピッピと暗証番号を入力し、更に指紋を承認させると床扉はウィーンと左右に分かれる様に開く。スパイ組織の秘密武器庫かよ。
「コイツさ。イッヒッヒ」
それはA4サイズの少し厚めな封書。端には簡略化した脳? の様なマークが入っており、いかにも機密臭い雰囲気がぷんぷんする。封はくるくる回す紐閉じ式。しかし、一度外せば解る様に、上から印が重ねられている。
ショウコさんも封書が珍しいと思ったのか、くるっと裏返すと端には英語の手書きでメッセージが――
「『summer35』?」
「イッヒッヒ。その資料に関しては最初に言った通りさ。サマーに渡してやりな」
「ありがとう」
ショウコさんは資料を大切に抱える。
確か、サマーちゃんの両親の事が書いてあるんだっけ。それと『summer35』。
『summer』はサマーちゃんの事だろうけど『35』ってなんだ? 月の日付にしては違う様だし……聞いたら教えてくれるかな?
「イッヒッヒ。鮫島嬢の件は了承したよ。文化祭での件はこっちで手配はするさ。後で日程の連絡をよろしくねぇ、イッヒッヒ」
「あ、ありがとうございます!」
「無料で提供する条件として今回仕立てるカタログを配ってもらうからねぇ。イッヒッヒ」
リンカの方は文化祭の絡みだったのか。あぁもうそんな時期か。オレの高校は里の合同教室だったからなぁ。文化祭なんて事があるなんて、成人してから知りましたよ。
「相談して何とか説得します」
「よろしくねぇ、イッヒッヒ」
リンカも“交渉”と言う、社会的な活動の一つを直に経験している様でなにより。こうやって、どんどん大人になっていくのね。お兄さんは嬉しいよ。
「ケンゴさん。帰ろうか」
「そうだね。次のミッションに備えないと……」
オレとショウコさんは『ハロウィンズ』の元へ帰還。リンカとカレンさんも目的は果たせたようだし、一応は全て丸く収まったと思って良いだろう。
夜に行われる、オレへの尋問以外は……
「お帰りはあちらだねぇ。イッヒッヒ」
お婆さんがパチンッと指を鳴らす。すると、外に通じる取っ手の無いドアが内側に開いた。
各々でお婆さんに挨拶をして『スイレンの雑貨店』から出ていく。
「又のご来店を。イッヒッヒッヒッヒッヒ――――」
と、店内に反響するイッヒッヒをBGMにオレ達は魔女の店を後にするのであった。
「なんやかんやで楽しかったねぇ。良い経験が出来たよ」
「あたしも……何とかなって良かった……」
「ふむ。これでこのミッションは完了だな」
「あぁ……色々と疲れた」
『スイレンの雑貨店』の前で満足するショウコさんとカレンさんは達成感で溢れ、オレとリンカは疲労感がのしかかっていた。
「皆目的を果たせたから、オールオッケーっでしょ。終わりよければ全て良し」
「うむ。何も問題ない」
「そうですね。何も問題はない……よなぁ?」
「わっふふっ!」
リンカのジロリ視線に思わず犬化。
「あはは。ほら、リンカ帰るよ。二人の邪魔をしちゃ駄目」
「そうだね。邪魔したら駄目だね。どうせ、夜に会うし……」
逃げるなよ、と言う視線を頂きました。オレはライオンを前にした小鹿の様にぷるぷる震えながら二人を見送った。
「ケンゴさん」
「……なに?」
「リンカさんと仲は悪いのか? 聞いた話では、彼女は君をとても慕ってる様だったが」
「……それは嬉しいんだけどね……まぁ……オレが色々と保留にしてる事があるからさ……」
過去の事を先延ばしにしてる自分が悪い。けど……
「……オレは卑怯者だし……リンカちゃんがそう思うのは仕方ないと思うよ」
「私はそうは思わない」
ショウコさんは淡々といつもの様子で告げる。
「ケンゴさんは卑怯者ではないし、リンカさんは良い娘だ。二人の関係はこの程度では大きく割れる事はない。正直、そんな関係である君たちを私は羨ましく思う」
思った事がそのまま口に出るショウコさん節。飾り気の無い言葉であると解るからこそ、少しだけ気が楽になった。
「……ショウコさん。ありがとう」
「お礼を言われる程の事は言った覚えはないが?」
「受け取った人がどう感じるか、だよ。オレは今の君の言葉はその価値があると思ったから」
「そうか」
オレの言葉にショウコさんも嬉しそうに笑った。
さて、少し遅くなったが、サマーちゃんに目的の物を渡しに行きますかね。
「ユニコーン」
「む」
「うぉ!?」
すると、ユニコ君が現れた。どう考えても見落とすような着ぐるみじゃないのに、気配を消すのが完璧過ぎる。
鳴き声を聞くまで接近に全く気づかなかった。
「すまない。もう、帰るよ」
また、店の前でたむろしている所を注意しに来たのかと、ショウコさんが謝る。
するとユニコ君はオレの肩に両手を置き、ぽんぽん、と叩くと、
「ユニコーン」
と、手を上げて去って行った。
ホントにさ。なんなのよ、もぅっ!