第221話 二人きりの露天風呂
文字数 2,213文字
女部屋に敷かれた布団に轟先輩を寝かした社長はそう言って、彼女の側に座り、どこからか本を取り出して読み始めた。だいぶ慣れてるなぁ。
「皆にはそう言っておきます」
「うむ」
そう言って一礼すると、リンカも社長に一礼して後に続く。
「……」
「……」
お互いに喋らずに歩くのはとてつもなく息苦しい。
しかし、今の状況はある意味チャンスだ! 現状は互いに同行者は無く、二人きり。
オレは何とか露天風呂での事を解消したいのだが……下手に切り出して状況を悪化させる事態になる可能性も……うぬぬ……なにか……なにかきっかけがあれば……
「喉渇いた」
浴衣をクイっと引くリンカは先ほど、ゴ○ラVSウルトラ○ンの
「何飲むの?」
「ポカリ」
ガコンッ、と自販機からペットボトルが落ちる音が妙に大きいく聞こえた。
オレは落ちたポカリを取るとリンカへ手渡す。
「はい」
「別にいい。自分で買う」
「遠慮するのは謙虚だけど、こう言う時は受け取るのも社会では礼儀だよ」
「……わかった」
オレも緑茶をガコンと落とし、手に取るとキャップを空ける。
少しばかり卑怯な言い回しリンカに奢る事が出来た。まぁ、リンカも少し足取りがフラついている。
雰囲気か酒気に酔ったのか。何にせよ、普段とは違う一日なのだ。肉体的にも精神的にも思った以上に疲れているだろう。
「……あのさ。露天風呂の件なんだけど」
オレは緑茶を飲み始めた瞬間だったので思わずむせた。
……いつもと同じ感覚で接していたけど……オレはリンカへ大失態を招いていたんだった!
「ゴホッ! ゴホッホッホッ!!」
「大丈夫か?」
「大丈夫びゅ……」
思わず涙目になりながらも返事をする。これからの受け答えは人生を左右するぞ! 本日、承った多くの助言をフル活用してリンカとの関係を修復するのだ!
「……フェアじゃないよな」
と、リンカは自答する様に呟く。
何を考えての発言なのか、オレは脳をフル回転。適切な言葉を返すのだ。導き出した適切な返しは――
「全部世界が悪いよ」
「は?」
「……ごめん。今の無しで……」
「……」
まだ、僅かに呪われていたか! チクショウ! よりにもよってソレが邂逅一番に出るなんて!!
「……おい」
「はい! なんでしょうか!?」
もう下手な事は言えないぞ! 鳳健吾! 既にツーストライク! 次でバッターアウトだ。そしてオレの人生もアウトだ!
「…………その」
リンカが言葉に詰まってる。ここは何か言うべきか? それとも言葉を放つまで待つべきか? うぐぐ……答えがわかんねぇ……神よ……
「露天風呂の貸し切り……今日だけなんだって」
「あ、さっき社長が言ってたね」
「……入るぞ」
「え?」
リンカが何か言った……
「露天風呂。入るぞ!」
露天風呂、ハイルゾ? この子は何をイッテルンダロウ……? あ、そっか!
「だよね! うん。そんなに気に入ったんだ。露天風呂! 皆にはオレから言っておくからさ。ゆっくり浸かって来なよ!」
「! ち、違う!」
何かの聞き違いだ。
そう思う事にして宴会会場に戻ろうとすると、リンカに腕を掴まれた。
そんなに強い力で止められた訳ではないが、不思議と足は止まる。
「一緒……にって事だよ」
「……やれやれ。一体オレはどこで人生の選択を間違えちまったんだろうなぁ」
そして、オレは露天風呂に浸かっている。
濁り湯。社長が絶賛するだけの事はある。皮膚を潤すミネラルがふんだん感じられ、ケアされていくのがわかった。
露天風呂は普段は板で隔てて、男湯と女湯の両方で楽しめる様になっている様だ。
今はその板が取り外されて混浴となっているが、普段は絶対に出来ないことだよなぁ。何て言って説得したんだろ?
「…………」
ゆっくりと濁り湯を堪能したい所であるが、これから起こる
「……星が綺麗だなぁ」
夜空は満天の星空。冬に近づき少し冷えてきた空気も、湯の極楽度合いを引き上げるナイスな要素。なーんて、現実逃避をしている場合じゃねぇ。
「……そりゃ拒否権は無いけどさ」
不用意に変なモンをリンカに見せたオレに拒否権は無いのだ。しかし……これはやっぱりマズイのではないか? 冷静に考えれば……冷静なんて無理だな。
ほら、アレだよ。男性諸君なら解るだろ? 薄い本を手にとってから開くまでのワクワクとドキドキが。そのワクワクを抜いたのが今の状況サ。
何て言うか……何て言えば良いのかワカラン……
「……」
腹を括れ。そして、ミッションをやり遂げろ! これから起こる出来事に対して欲情の一つでもすれば間違いなくリンカとの関係は終わる!
oh神よ……何故オレにこれ程までの試練をお与えになったのですか。私は修行僧でも聖職者でもないのですよ? 試練を与える人を間違ってますよ? オレの前世って神様に喧嘩でも売ったの?
その時、カラカラと戸が開く音が聞こえる。オレは思わずビクつく。振り向くなぁ……振り向いたら……ソレを見たらオワリ――
「……」
こちらに近づく気配。湯気で見えなくても湯に入る音でリンカが入って来たのが解る。
いや……待て! 冷静に考えろ! おそらく男湯から誰か来たのだ! きっとそう! 可能性はゼロじゃないぜ! 男性陣の誰かが――
「……こっち向けよ」
オレの考えを全て否定するリンカの声が二人きりの露天風呂に響く。