第23話 柱の男
文字数 2,213文字
鬼灯先輩は皆に作業の中断を促して、今日の自分の動きを報告し始めた。
ちなみに鬼灯先輩は上からのお達しで、二人目の作業リーダーとして現場に入っている。
「私は今回の発注下であるA社とB社に行ってきました」
鬼灯先輩は作業を立ち上げた人達に、今ここで起こってる事の詳細を話して来たと言う。
「何か解ったんですか?」
泉が期待に眼を輝かせる。アポイントも無しに赴くなど本来ならやるような事でもなく、空振りに終る可能性も高いが、鬼灯先輩に関してはその心配は無い。
「結論から言うと何も解らなかったわ」
そうですか……。だよなー。と皆、意気消沈する。
「でも、これまでの情報を元にこれを作ってみたの」
鬼灯先輩は持っていた荷物からノートPCを起動し、一つのプログラムを見せる。
「これって――」
「今の製品に取り込まれてるプログラムです」
その言葉に皆が一瞬、言葉を失う。そして、食い入る様にそのノートPCに寄った。
「マジか!」
「うぉ?! 本当だ!」
「嘘だろ?! これ作るのに全員で1ヶ月はかかったのに!」
カチカチと、マウスを動かして皆が内容を見て驚愕する。
今のチェック作業は目の前の機器に搭載された製品でしか行えなかった。
簡単に言えば、聞きたい事は山程あるのに、答えられる
既に実機に組み込まれた状態でここに運ばれており、プログラム保護権利の為に取り出す事が出来なかったのである。
しかし、鬼灯先輩が持ってきたのは今の エラーが起こってるプログラムそのものだった。
「ここのエラーと、私の組んだこのプログラムで違う結果が出れば、それでエラーの出所が解ると思ったんだけど、当てが外れたわ。同じようなエラーが出てしまったの」
鬼灯先輩は、ごめんなさい、と告げる。逆にそれは、鬼灯先輩の作ったプログラムが今製品に入っているモノと同じと言う証明だ。
「そんな事ありませんよ! これをPCにコピーすれば――」
「ええ。そう思って、ここの事務所からノートPCを借りてきました。皆の分ね」
それは、今まで1つしかなかった質問先が一人一台ずつ――つまり一気に13つに増える事を意味していた。
仕事効率が13倍に増えたのである。
「行ける!」
「絶対見つけられるだろ! これ!」
「詩織先輩!」
皆が地獄の出口を見つけ、希望で満ち溢れる。泉は嬉しさのあまり鬼灯先輩に抱きついていた。
「でも、まだ見つかった訳じゃありません。皆さん、手は緩めずに行きましょう」
「はい!」
さっそく、鬼灯先輩の持ってきたノートPCを各々で起動すると順にプログラムのコピーを始めた。
「鬼灯先輩。流石です」
「ありがとう。でも、結局は手作業になってしまうわ」
「いやいや、それでも凄いですよ」
今回の件は専門的な分野だった。鬼灯先輩にとっても専門外であったハズ。
「A社とB社から作業データを貰って、会社で七海課長に詳しい人を紹介して貰ってレクチャーを受けて作ってみたの」
この人、出来ない事は無いんじゃないか? そう思わせる程にハイスペックな先輩。そんなオレは素朴な疑問を訪ねる。
「そう言えば、A社とB社って相当離れてますよね? よく、両社に行って、会社にも行って、今の時間にここに戻れましたね」
「ふふ。少し無理なお願いを聞いて貰ったの」
皆にはナイショね、と唇に人差し指を立てて鬼灯先輩は告げる。
何となく社内で噂はあるが、やっぱり付き合ってる人がいるんだろう。羨ましいヤツだな、ソイツ。
「私も一つ良いかしら?」
「何でしょう?」
「なんで鳳君は逆さで柱にくくり着けられているの?」
「助けてください」
○○社の駐車場で車に寄りかかって一服していた真鍋は携帯が鳴ったので出る。
「箕輪か。そうか。まぁ……証拠と証言は全て揃ってたからな」
それは本日片付く予定の三つの案件。別々の箇所で全て同時に行われたソレに対しては真鍋は絶えず指示を飛ばしていた。
「『ゴロー君』が一番厄介だったが……結果は許容範囲か。こちらの思惑通りに裁判まで行くと不利だと思ってくれたな」
他の二つも各々部下が勝ちを拾っている。当面は小事の処理で良いだろう。
「遅くまでご苦労だった。事務処理は明日で良い」
真鍋は通話を切ると入っていたLINEのメッセージを見る。
“後は皆と頑張るからそっちは引き上げて良いわ”
「……昔からやることは変わらないか」
車に乗り込み、車内灰皿で煙草を消すとシートベルトを着ける。と、更にメッセージ。
“今日は無理を聞いてくれてありがとう”
“気にするな。お前の件は明日動く”
“何から何までごめんね”
“朝飯で手を打つ”
“じゃあ、またバロット用意してあげる”
真鍋はその返答に微笑むと助手席にスマホを置き、車を走らせた。
リンカはケンゴからの返答を確認してからスマホを置いた。
明日はヒカリの所で細かい打ち合わせである。
本来なら一緒に行く人間は全員顔を合わせる場でもあるのだが、ケンゴに関しては難しいだろう。
「――月」
窓から月明かりが射し込む。それはリンカにとって今まではトラウマだった。
暗い部屋に自分だけが照らされると、誰も居なくなったと強く錯覚するからである。
リンカはすぐ隣で寝ている母に寄り、部屋に射し込む月明かりを掴むように手だけを当てる。
「がんばれー」
ずっと昔から、見つけてくれる光にリンカは安心する様に微笑んで眠った。