第336話 歪んだ支配欲
文字数 2,871文字
それは政府内の重役、重要施設の警備部門を全て取り仕切る組織であった。
その筆頭となる黒金は堅実な人間であると認識されているものの、立場上から後ろ暗い事は数多く見てきた。
ソレの公開を懸念された数多の議員達により国会において一定の地位を与えられ、特例として国会議員として存在を登録された。今現在では黒金陣営として一角を成す。
国民にはあまり認知されていない国会議員。それが黒金真人であった。
当時よりその存在を評価していた森総理から後押しされ、一躍する勢力を身に付け、彼の片腕として機能するまでに成長。国会でも1つの党としても遜色の無い立場となり、野党第一候補として数えられている。
そんな彼には息子が一人いた。
名前は
マサトは息子には常に堅実であれと言い聞かせたつもりだったが、黒金へすり寄る周囲の者たちはユウマへ媚びを売り始めた。
その結果、ユウマは自分が特別な人間であると思うようになり、幼少期からあらゆるグループの頭として持ち上げられていく。
何をするにしても自分の言葉が何よりも優先され、右と言えば右へ、左と言えば左へ、物事は動いていく。
しかし、ユウマ自身は無能ではなかった。
成績は良く、容姿も端麗で、スポーツも出来る。時折見せる判断の正しさには多少のワガママが混じっていても他を納得させる力があった。
森総理の失脚以降、国会での仕事が忙しくなったマサトは、ある程度一人で判断出来る年齢の息子に関しては部下を通しての報告のみを聞き、特に口を挟むことはないと判断していた。
ユウマには次期総理候補の家柄として、言い寄る異性は多く、大学ではその手の相手には事欠かなかった。
自分の思うがまま。求めればその全てがやってくる。
全てが自分を中心に回っている。そう信じて止まなかった。
「佑真、少し早いが見合いを考えて見る気はないか?」
夏休みに一人暮らしから実家へ帰省していたユウマにマサトは一つの写真を手渡した。
異性など選り取り見取りなユウマだったが、尊敬する父の言葉を無視する事は出来ない。渡された写真を見る。
相手は中学生の女の子で名前は
「急だとは思うがな」
マサトは森総理の事もあり、神島に関わる事は乗り気ではなかった。しかし、烏間に紹介された手前、断る事も出来ない。
「名前は
シズカ側の事情を説明するが、ユウマはそれが耳に入らない程に写真を食い入って見ていた。
今の段階でも、今まで付き合った女のランクが全て一つの下がる程の容姿を持つシズカ。成長すればどれ程の美人となるのか想像がつかない。ソレを俺のモノに出来る――
「父さん。この子と会ってみたいんだけど」
「む、そうか。ならば先方にそう伝えよう」
そう言ってマサトはスマホで電話を始める。対してユウマは改めてシズカの写真を見た。
この女が俺のモノになる。しかも相手はまだ中学生で、相手の性格にもよるが十分に俺好みに染める事が可能だ。
まずは夏休みの間は一人暮らししているマンションに呼びつけて身の回りを世話させて上下関係をわからせてやる。
最高のモノを手に入れた。生涯の安定にユウマはこれからの生活が更に有頂天だった。しかし、一週間後――
『ユウマ。話を振っておいて何なんだが……向こうから断りの連絡があった』
「……え?」
一人暮らしマンションに戻ったユウマは父からの連絡にそんな声が出た。
『期待させてすまなかった。相手側に事情があったそうでな。詳しくは話してくれなかったが――』
あり得ない。
ユウマは父の話が頭に入らない程に困惑していた。
『ユウマ。聞いてるか?』
「あ、うん。聞いてる……」
『ショックなのはわかるが、今回は縁が無かったと思いなさい』
「わかったよ……」
通話が切れたユウマはしばらく放心し、そして沸き上がる憤りにスマホを壁に投げつけた。
ふざけるな! 逃して……こんな女を逃してたまるか!!
ユウマは興信所を使い、シズカの事を徹底的に調べ始めた。しかし、どの興信所も調査を始めて数日で断りの電話を返してくる。
関わる案件じゃない。諦めた方が良い。
どの興信所もそう言って手を引く。ユウマは大学でそれとなく調べてくれそうな人間を片っ端から当たった。
「ユウちゃん。それ。数年前にTVで話題になった美少女じゃね?」
とあるグループの一人がシズカの事を昔テレビで見た事があった。
ユウマはYouTubeでその動画を探し、その映像から田舎町を趣味で巡るサークルの人間に聞いて場所を突き止めた。
眼鏡や帽子を被り多少の変装をして、その場所へ行くと制服を着た例の女が居た。
それを確認し、住所を特定したユウマは次の日からシズカへ手紙を送った。
何故俺を拒絶したのか。俺以外に釣り合う男はいない。お前は俺を奉仕するためにいる。などを何通も何通も――
その手紙はシズカの兄である竜二に止められて本人の元へ届く事は無かったが、変わりに来たのは――
「おい、クソガキ」
雨の降る夜。マンションが停電になったと思ったら一人の老人が稲光の中、部屋に立っていた。
オートロックのマンションにどうやって侵入したのか? 一体何者なのか?
そんな疑問が口や感情に現れぬ程の殺意を向けられ、ただ硬直するしかなかった。
「テメェ。あんまり調子に乗るなよ。ワシの警告は一度までだ。次にお前がワシの身内周りでうろちょろしたと判断したら殺す」
こちらの返事を確認する間も無く老人はそれだけを言い残すと闇に消えた。
停電が戻るも、ユウマは震えてしばらく動けなかった。
その後、事の顛末をユウマは父に話した。父は始めてユウマを殴り、大学を休学させ、町の外にある屋敷へ身を移す様に言われた。
夜が来る度にあの老人がやってくるのでは? とユウマは怯える。脅しではない。本当に殺し来る。
ユウマは全ての窓を塞がせ、影の一切無い空間を屋敷内に作らせた。それによって恐怖で壊れかけたユウマの心はギリギリ保つ事が出来たのである。
ある日、ぼーっとYouTubeを垂れ流していると一つの演舞の動画が自動で再生された。
美しく、他を魅了する厄祓いの舞い。仮面と舞う剣に呆けていた頭は魅了された。
それを生み出す演目者にユウマは釘付けとなった。それは、生きているだけだったユウマに再び意欲を宿すきっかけとなり、その演目者を調べた。
そして、程なくしてその素顔と名前を知る。
流雲昌子。
そして、その色素の薄い髪は見覚えがあった。
昔、一人で公園で遊んでいた女の子。他には無い特徴だったから印象に残っている。あの時は見知らぬ大人に怒られて逃げるしか無かった。
「そうか……お前だったのか!」
初めから中学生のガキではなかった。あの時からこの女が俺を奉仕する存在だったのだと――
「だったら……お前はここに居るべきだよなぁ。ショウコ!」
そして、ストーカー事件が起こる。