第342話 凶刃奇襲
文字数 2,849文字
「起きて下さい!」
「スイカバー食べちゃいますよ!」
「それは名前が書いてあんだろ!」
気を失っていた蓮斗は部下達の言葉に反応し、ガバッと意識を取り戻す。
「「「社長ぉ!」」」
「お前ら……痛てて――」
部下三人を見た安堵感と腹部の痛みで若干喪失していた記憶が蘇る。
「そうだ! 姉ちゃんはどうなった!?」
「ほっほう!」
と、溶接用のフェイスガードを顔に着けた国尾が蓮斗を見下ろす様に立っていた。
「あんたは……」
「俺だよ、おーれ。アパートではどうも! 随分と己の愛を酷使したようだね!」
国尾はフェイスガードを上げると、わっ! と笑って告げる。そして、カチャ……と戻す。
「大丈夫です社長!」
「国尾さんは味方です!」
「彼の仲間が屋敷へカチコミに行ってます!」
「…………」
すると、蓮斗はよろけながら近くの木を掴んで立ち上がる。
「俺も行かねぇとな……」
「ほっほう!」
と、国尾が前に立つ。
「今の君はどっちだい?」
「……何がだ?」
「愛か責務か。それによって人は足を前に進める。そして、どちらを宿すかで辿り着く己は違ってくるのだ!」
「……俺は……」
国尾の地球外解釈を真面目に受け取る蓮斗は、己の手の平を見ると強く握る。
「一つの事をやり遂げるだけだ」
「ほっほう」
と、国尾は蓮斗に寄ると肩を貸した。
「見届けに行こうぜ
「……すまねぇ」
「泣くのは全部終ってからにしな! ほっほう!」
まるで昔からの親友同士の様に屋敷へ向かう二人。その背を見て部下三人は、良いシーンだけど会話は成立してないなぁ、と思って後に続いた。
「アイツ、強いですよ」
ケンゴの言葉に剣道の面を着けた赤羽は特に臆する事なく青野へ歩み寄る。
その立ち振舞いは幾度のこの状況に慣れたモノ。青野は自然と警戒心を強めた。
ただの老人じゃないな。相当にやる。こう言うのは雑踏の中で仕留めるのがセオリーなのだが――
「『神島』レベルでなければ問題はない」
「はやり、か」
赤羽は青野の言葉に反応する。この場で『神島』の名が出た事で確定した。
「この国も随分と安っぽくなったものだ」
「かもな」
青野は前に出た。相手にリズムを始められる前に初動はこちらが取る。
簡単に拳を繰り出す牽制。赤羽は首を傾けてかわし、追撃のラッシュが始まる前に青野の手を受け止めた。
死角。青野は袖からナイフを滑り出すと、視野の狭い剣道の面からは見えない側面へ、ソレを突き立てる。
「想定してないとでも?」
足を崩され、肘でナイフの起動を変えられ、身体全体を操作された青野のナイフは剣道の面の上を通過する。
このジィさん。一瞬で俺の動きを全てコントロールしたぁ!?
それは人体の構造を深く理解していなければ不可能な捌き方だ。一旦下が――
「――足が」
青野は足が動かなかった。攻撃されたわけではなく、本能的に臆した訳ではない。単純にそう動く事が間違いだと脳が判断し停止したかのように――
「これは不法侵入の分だ」
パンッ! と手の甲による平手打ちが青野の頬を叩く。それでようやく身体は動いた。
タンッと後ろに下がる。追撃は……ないか。
「次はジャックの分だ」
赤羽のオーラが膨れ上がる。ケンゴも彼が本気であると感じ取った。
「私の手の届く範囲で君の自由は無い」
赤羽さん、本気だ。
舌打ち男との最初の攻防。男が動かない所を甲手打ち。正直、何がどうなったのか解らない。
「次はジャックの分だ」
凄まじいプレッシャーを感じる。オーラを纏って突撃し、相手のMSを仕留める勢いだ。
ジャックは猫だけど赤羽さんの大事な家族。オレも身内が傷つけられたら本気になるだろう。
「……」
男は冷や汗を浮かべながらナイフを構える。赤羽さんが歩み寄る。さぁ、どうなる? イザと言う時はオレも間に入れる様にしておかねば。
「私の手の届く範囲で君の自由はない」
赤羽さんが間合いに入ったと同時に男がナイフを突き出す。呼吸の間を狙った!?
「残念だが――」
赤羽さんは男と入れ違う。すると男は、ペタン、と正座をしていた。丁寧に膝の上に手まで乗せて。
「「……え?」」
オレと男の反応がシンクロする。そして、次の反応も同じだった。
何が起こった!?
「~~~~」
男は赤羽さんへ振り返りつつ立ち上がる。
「言っただろう?」
しかし、男は赤羽さんに視線を向けられた瞬間、ガクンッ、と体勢を崩すと再び膝が崩れる。
「私の手の届く範囲で君の自由はない、と」
「馬鹿な!?」
マジで何が起こってるんだ? 恐らく、オレには理解できない程に高度な事が起こってるに違いないが……
「おおお!」
男が奮起して起き上がろうとした。すると赤羽さんは、とん、と軽く押してその身体を倒す。
「さて、立てるかね?」
挑発する様な言葉に男も立ち上がろうとするが、その初動を見切る赤羽さんの前ではどうやっても転ばせられる。あれ? これ見た事があるぞ?
「……はぁ……はぁ……あんた何者だ?」
息が上がる程に何度もトライした男はもう立つのを諦めたらしい。完全に敗北を受け入れた様子で座り込み、それだけを聞いて来る。
「年金で旅行を楽しむアパートの大家だよ」
「……何故そんなに強い?」
「これくらい無ければ旅など出来ないからね」
日本を出たら世界は世紀末なのかな? 赤羽さんなら核戦争後の世界でもやっていけそうだ。
「まぁ、なんだ」
と、赤羽さんはスタンガンを取り出す。あ、おもちゃの――
「君には意識を失って貰うよ」
バチバチバチチチイ!! と実は相当な電圧を持つ本物だったと言うことが判明し、男はその電流に意識を刈り取られた。
「あの……剣道マンさん」
「なんだい?」
「もしかして、お弟子さんとかいらっしゃいます?」
「弟子と言うよりも、ノウハウを与えた者ならいるよ」
「その方はもしかして……黒船正十郎と言う方ではありませんか?」
「おや。彼の知り合いかい?」
「ウチの会社の社長です……」
そっか……社長も旅してたって言ってたもんなぁ……
「私は用件は済んだ。君も用件を済ませたまえ」
と、男が護っていた扉を赤羽さんは見る。
「的外れじゃなければ良いんですけどね」
ドアノブを回すが鍵がかかっている。
どうしたモノか……と思っていると赤羽さんは男が持っていた鍵を、チャリ、と手渡してくれた。
鉄板な展開。オレは鍵を開けるとドアを開いて中へ。
「――ショウコさん!」
なんと、室内のベッドの上にショウコさんが縛られていた! しかも、服が切り裂かれて立派な胸サマが溢れそう! くっそぉ! 誰がこんな美味し――いやいや! 酷いことをしやがって! 絶対にゆるさ――
その時、ドンッ、とオレは横から何かがぶつかる音と重さを感じる。
「馬鹿がよぉ……俺とショウコの部屋に勝手に入ってくるんじゃねぇよ!」
「なん……だと……?」
扉の死角にナイフを持って……隠れていただと……
「~~~~」
油断した。そのナイフはオレの脇腹に当たり、口を塞がれたショウコさんの籠った叫びが室内に響く。