第38話 プールに人を投げないで!

文字数 2,539文字

 七海智人(ななみのりと)はふと、昔の事を思い出した。
 それは、一つのRPG。レベルを上げてラスボスを倒すというよくあるゲーム。
 最初はハマっていたが、効率が進むと途端につまらなくなってやめた。
 そのレベル上げの時に戦う敵の中で一際弱い敵がいた。
 その敵はとにかく弱い。だから放置して先に他の敵を倒す。だが、放置し過ぎると、そいつは強い敵を呼ぶ。
 初見ではソレで全滅した事があった――



 

 んな事が現実に起こるのかよ!
 七海はルリの泣き声で目の前に現れた獅子堂を見て苦笑いが止まらなかった。

「とりあえず、お前には消えてもらう」

 夕焼けを遮る巨躯。そのセリフは冗談でも脅しでもないと声色が裏付ける。

「……ハッ。そう簡単に行くかよ」

 七海は逆に高揚していた。相手にするのは雑魚ばかり。少しつつけば皆倒れてしまう。

「実験台になって貰うぜ。ジイサン」

 隙なく軽快に構える。このガタイだ。正面から打ち合うより、素早く視界を揺らした方が良い。
 七海はボクシングのスタイルを選択。と――

「――」

 獅子堂の手は七海の肩を掴んでいた。
 それは無拍子と称される接近においての超高等技術。見ていても反応できない動作の事を言う。

 掴まれた!? いつ近づいた?! 俺は瞬きにも気をつけていたはず――

 次の瞬間に七海の視界は宙を泳いでいた。

「――――は?」

 高い水飛沫を上げて、底の深いプールへ落ちる。窓から放り投げられたと認識したのは、水中を二秒ほど漂ってからだった。
 すると、近くに同じようにナンパ共が落ちてくる。

「はっ」

 七海は海面に上がる。自分が投げられたであろう窓を見上げると、獅子堂がナンパ共を窓からプールへ投げ捨てていた。

『閉館時間でーす! プールに入らないでください! ちょっと、そこの人! プールに人を投げないで!』

 施設内放送が響く中、獅子堂は孫が不安になる要素を、うがー、と視界から排除していた。

「……でたらめなジイさんだぜ」

 ああいうのと進んで関わるのはやめよう。





「セナさん」

 硬派ボーイと間合いを取り合っていると、セナさんが現れた。これは喜んで良いものか。ちょっと危ないのではないだろうか。

「大宮司君、でしょ?」
「! 何で……いや……知ってる人は知ってるか」

 彼は大宮司と言うのか。セナさんに話しかけられて彼の雰囲気が少しだけ和らいだな。

「私が知ったのはリンちゃんから。貴方はとても良い人だって聞いてるわ」
「鮫島の……お姉さん?」
「あら、ありがと」

 大宮司青年から完全に戦意が消えた。構えた拳もほどき、セナさんに挨拶していた。
 オレも強張った身体から力を抜く。

「母の鮫島瀬奈(さめじませな)です。あの子が助けられたみたいで、ありがとうね」
「い、いえ……娘さんは大丈夫ですか?」
「ええ、とても元気よ。昔からすぐ傍で強く育つように支えてくれた人がいたから」

 ねー、ケンゴ君。とセナさんは大宮司青年の身体からひょこっと顔を出してオレへ告げる。

「……あんたは鮫島の何だ?」

 大宮司青年はオレに視線を移す。その眼は疑惑と敵意が混ざって複雑な感情が入り乱れてるのが解る。

「ただのお隣さんだよ。彼女が小さい時から面倒を見てあげてた」

 隠すことも無いので事態が丸く収まるならとリンカとの関わりを教えた。

「隣に……住んでるのか……」

 ん? 大宮司青年の雰囲気がまた変わった。ちょっと読み取りづらい。

「私が多忙な分、彼に娘の事はお願いしてるの。娘も凄く懐いてくれてて、もう家族みたいなもの」
「家族……」

 最近は嫌われてますけどね、と言うと大宮司青年は再び殴りかかって来そうなので、オレは空気を読んで黙って置くことにした。

「ついこの間まで彼は遠くに行ってて娘はとても落ち込んでたの」
「……いつ帰って来たんですか?」
「7月。最近よ」

 下手に大宮司青年の地雷を踏みたくないので全部セナさんに任せる。

「だから、彼に何かあれば娘は凄く悲しむわ」
「……そうですか」

 と、大宮司青年がこちらに歩いてくる。オレは特に何か出来るわけではないが、ファイティングポーズで身構えた。

「すみませんでした!」

 社会人でも見習う程に大宮司青年のお辞儀と謝罪は完璧だった。どうやら誤解も解けた様だ。

「いや、お互い大事に無くて良かったよ」
「怪我をさせてしまって……本当にすみません!」
「今の君たちは多感な時期だからね。でも君はそう言うのは冷静に見れる人間だと思う」
「はい……」
「でも、安心したよ。リンカちゃんの近くに君みたいな人が居てくれて」

 その言葉に大宮司青年は少し嬉しそうだ。

「君も派手なことをし過ぎるとリンカちゃんが心配するだろう。だから、今後オレらがぶつかるのは無しによう」

 オレは握手を求める様に手を出す。これは全人類共通の友好の証だ。

「はい」

 大宮司青年は迷い無く握手に応じてくれた。痛てて。やっぱり握力ヤバイな彼。

「ケンゴ君。皆待ってるから行きましょうか」
「はい」

 君も頑張れ、と大宮司青年に大人からのアドバイスを残し、ようやく弁慶の橋を抜ける事が出来た。

「あ、ちょっと待ってね」

 そう言ってセナさんは大宮司青年へ近づくと、何かを告げる。すると、大宮司青年は色が消えたように灰色になった。あれは……立ったまま死んでる……のか?
 それこそ弁慶のように。

「行きましょ♪」
「彼に何を言ったんですか?」

 オレは後ろ眼に彼を気にかけつつ、セナさんに問う。

「あの子にだけ効く、魔法の言葉」

 そう言ってイタズラに満足した子供のように歩くセナさん。何を言われたのかは解らないが……弁慶殿は気の毒に。

『閉館時間でーす! プールに入らないでください! ちょっと、そこの人! プールに人を投げないで!』

 と言う放送に、ヤベー奴いるなぁ、と思った。





「あーあー、もう……」

 七海はプールから上がると濡れた上着を絞っていた。他のナンパ達も、ひーひー言いながら丘へ上がる。

「ノリ」
「お」

 そこへ大宮司が現れる。すると、ナンパ達は七海からの告げ口を恐れて萎縮した。

「どうした? 失恋したみたいな顔をしやがって」
「…………お前と同じ道を辿りそうだ」
「あん?」

“娘は彼の事が好きなの。少しでも気づいて貰いたいって理由だけで伸びていた髪を昔に戻す程なのよ”

 それがセナに言われた言葉だった。
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登場人物紹介

鳳健吾(おおとり けんご)。

社会人。26歳。リンカの隣の部屋に住む青年。

海外転勤から3年ぶりに日本に帰って来た。

所属は3課。

鮫島凜香(さめじま りんか)。

高校1年生。15歳。ケンゴにだけ口が悪い。

鮫島瀬奈(さめじま せな)

XX歳(詮索はタブー)。リンカの母親。ママさんチームの一人。

あらあらうふふなシングルマザーで巨乳。母性Max。酒好き。

谷高光(やたか ひかり)

高校1年生。15歳。リンカの幼馴染で小中高と同じ学校。雑誌モデルをやっている。

鬼灯未来(ほおずき みらい)

18歳。リンカの高校の先輩。三年生。

表情や声色の変わらない機械系女子。学校一の秀才であり授業を免除されるほどの才女。詩織の妹。

鬼灯詩織(ほおずき しおり)

30代。ケンゴの直接の先輩。

美人で、優しくて、巨乳。そして、あらゆる事を卒なくこなすスーパー才女。課のエース。

所属は3課。

七海恵(ななみ けい)

30代。1課課長。

ケンゴ達とは違う課の課長。男勝りで一人称は“俺”。蹴りでコンクリートを砕く実力者。

黒船正十郎(くろふね せいじゅうろう)。

30代。ケンゴの勤務する会社の社長。

ふっはっは! が口癖で剛健な性格。声がデカイ。

轟甘奈(とどろき かんな)。

30代。社長秘書。

よく黒船に振り回されているが、締める時はきっちり締める。

ダイヤ・フォスター

25歳。ケンゴの海外赴任先の同僚。

手違いから住むところが無かったケンゴと3年間同棲した。四姉妹の長女。

流雲昌子(りゅううん しょうこ)。

21歳。雑誌の看板モデルをやっており、ストーカーの一件でケンゴと同棲する事になる。

淡々とした性格で、しっかりしているが無知な所がある。

サマー・ラインホルト

12歳。ハッカー組織『ハロウィンズ』の日本支部リーダー。わしっ娘

ビクトリア・ウッズ

30代。ハロウィンズのメンバーの一人で、サマーの護衛。

凄腕のカポエイリスタであり、レズ寄りのバイ。

白鷺綾(しらさぎ あや)

19歳。海外の貴族『白鷺家』の侯爵令嬢。ケンゴの許嫁。

音無歌恋(おとなし かれん)

34歳。ママさんチームの一人で、ダイキの母親。

シングルマザーでケンゴにとっては姉貴みたいな存在。

谷高影(やたか えい)

40代。ママさんチームの一人であり、ヒカリの母親。

自称『超芸術家』。アグレッシブ女子。人間音響兵器。

ケンゴがリンカに見せた神ノ木の里

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