第279話 約束通りに迎えに来た
文字数 3,408文字
「……ふむ。良い感じだ」
オレは部屋を出る前にショウコさんに頼まれて、後髪を結ってあげた。と言っても簡単で緩い三つ編み。最後に赤紐で結んで完成。
「慣れてるな。姉妹でもいるのか?」
「そんなとこ」
髪を伸ばし始めたイトコのシズカにせがまれて、雑誌を見ながら色んな結び方をしてやったっけ。
「これ、合鍵ね」
「うむ」
オレはショウコさんに合鍵を渡す。と言っても、ストーカーの件で何かしらの進展が無い限りは一人での外出は控える事に決めていた。
「洗濯でもしておく」
「好きに過ごしていいよ。何かあったら、連絡してくれれば」
室内のフリーWi-Fiのパスワードは教えているので、ネットも好きに使ってくれていい。
「一応、聞くが。洗濯は一緒で良いか?」
「オレは別に構わないけど……」
「ふむ。では掃除も隅々までやるが、官能的な本などを見つけた時はきちんと元の場所に戻しておく」
「そう言うのは……見つけた時にそっとやってくれると助かるよ……」
誤解の無いように言っておくが……オレは基本的にネット媒体で自家発電する。
だってほら、リンカとかヒカリちゃんとか来るし、そんなモノ置いてたらオレのイメージが死ぬでしょ?
彼女たちにとってはオレは頼りがいのあるお兄さんで通ってるんだからさ。
大人な薄い本はネットで買ってダウンロードして二段階承認が必要なフォルダにしまいこんでますよ? 超シークレットは他が見てしまう様な簡単なセキュリティは敷いてないぜ!
「ネットも好きに使って良いから」
「ふむ。ならば適当に日課をして過ごすよ」
「日課?」
するとショウコさんは、どこからか模造剣と仮面を取り出す。あ、動画で観たヤツだ。
「厄祓いの演舞は毎日やっている。基本的には朝だが、忙しかったら夜とかになる事もあるが」
「あ、それじゃ夜に見せてくれない?」
「別に楽しいものではないぞ?」
「動画は画面越しだったけど、目の前で見るのはまた違うと思うからさ」
数年前の動画でも綺麗だと感じた。
今は休止しているショウコさんの演舞を見るのは、そう言うタイミングしか無いのだと思う。
「君がそう言うなら……まぁ、きちんと準備しておく」
「気楽に捉えててくれていいよ。なるべく定時で帰るから」
オレは、遅れる時は連絡するね、と言ってショウコさんの見送りを受けながら部屋を後にした。
妻が宿泊研修の引率に居ない分、早めに起きて4課オフィスに出社した箕輪は、更に先に来ていた陸と挨拶を交わした。
「よぉ、陸。早ぇなぁ~」
「おはようございます、箕輪さん。今日は早いですね?」
「嫁が居ねぇんでね~」
箕輪は、コキッ、と肩を鳴らしながら自分のデスクに鞄を置く。
陸は簡単な会話もほどほどに、PCと手元の資料に戻る。
「熱心だなぁ~名倉課長の件かぁ~?」
「はい。ストーカーの候補者を絞り混む過程で、娘さんの素性も一通り調べていまして。少し気になる事が……」
「双子はどこだぁ?」
「姉さんズは、ちょっと警察に行って貰ってます」
「おいおい~身内を突き出すなよ~」
「違いますって。母君の流雲舞子さんに連絡して少し話をしたんですが……どうやら娘さんは、過去に一度、誘拐されてたみたいなんですよ」
名倉課長は関係者に対してそんな事は一切言わなかった。今回の件からすれば黙っている理由は思い付かない。
「関係はありそうかぁ?」
「少し込み入りそうなので、鷹さんに相談にしたら、姉さんズと一緒に警察へ――」
すると陸のスマホが鳴る。相手は三鷹からだった。
警察署。第六資料庫。
本来なら関係者以外は立ち入りが硬く禁じられている警察の資料庫は、外部の人間を通すなどもっての他だった。
しかし、弁護士界の『伝説』三鷹弥生となれば話しは別である。
弁護士界隈のみならず、政界、警察関係、あの『神島』でさえも、彼女の言葉は決して無視できない。
「見つけたよ、陸坊。今から17年前だね」
『すみません。わざわざ、鷹さんに出向いていただいて……』
「なに。こんなババァが役に立つのは顔くらいさ」
「そーそー、陸君」
「鷹さんの顔パスは、フリーゲートだったよー」
三鷹に同行した海と空も指示を受けて、古い資料を探しに共に資料庫に居る。
そして、三人の目の前には一つの事件ファイル――『少女S誘拐事件』が広げられていた。
『情報は何がありますか?』
「ちょっと待ちな」
古いファイルはかなり色褪せて居るものの、現場写真と思われるカラー写真がいくつもある。
「○○月○○日。捜索開始より約250時間後。匿名の通報により、○○アパートに軟禁されていた少女Sを確認」
『10日近くも?』
「暴行された形跡は無く、身体的には健康状態であったそうだけどね。精神的な衰弱が見られてしばらく入院したようだよ」
「犯人はクズ野郎ですね!」
「しかも幼女を狙うとは!」
ファイルを三鷹の肩口から覗き見ていた海と空が告げる。
「「コイツはホモのブタ箱に一生ぶちこむのです!!」」
「二人とも少し静かにしな」
「「うい」」
興奮したツインズは三鷹の一言で、軍隊の様に“休め”の姿勢で後ろに立つ。
『精神的な衰弱ですか……』
「
『特別、怯えている様な感じは無かったです。彼女の事を僕があまり知らないと言う事もあるかもしれませんが……』
「そうかい。なら、ここからがキモだよ」
『犯人についての情報が?』
「犯人はまだ捕まってない。お嬢ちゃんも、どこの誰かわからなかったと証言しているね」
「ふむ。こいつは……」
洗濯を終えて、室内を掃除していたショウコは小さな本棚に、会社の雑誌が一つだけあるのを見つけた。
それは8月に発行された夏の特別号。社長の娘さんとその友達が主になって作られた一冊である。
「……」
おもむろにページを捲る。あの時だったのだ。初めて彼を見たのは。
「……私には興味ないようだな」
他の雑誌が無い所を見ると、彼の目的はこの二人のどちらかなのだろう。
すると、インターホンが鳴る。
「……」
彼ではない。この部屋の主ならインターホンを鳴らす意味がない。そして、父の会社の関係者なら訪問せずにスマホへ連絡を入れてくるだろう。
「……」
自然と警戒心が強くなる。幸いに鍵とチェーンがかけられているので、簡単には侵入は出来ないだろう。
『キョウリ様より伝言です』
すると、扉の向こうから女性の声が聞こえた。
『“17年前の約束通りに迎えに来た。君の大切な二人への強行手段を確保してある。君が自主的に来てくれると手間が省ける”』
「……」
『以上です。共に来る意志があるのなら、この扉を――』
ショウコは、女性がそれ以上、何かを言う前に扉を開けた。
「……父と母には手を出すな」
「行きましょう」
「はい。こちら――鳳君?」
始業10分前の3課オフィスにて、ケンゴからの電話を受けた鬼灯はそれを課長の獅子堂へ回す。
「課長。鳳君からです」
獅子堂は鬼灯からの内線を受け取る。
「おう。どうした? 腹でも下して遅刻しそうか? ん? 休暇だと? 名倉の娘の件か? ガハハ! 良いぜ。お前はまだ有給使いきって無かったからな。リンカちゃんには浮気したって言っといてやるよ。露骨に焦るな、冗談だ。おう。気にすんな」
獅子堂は受話器を置く。
「鳳君。休みですか?」
「ああ。アイツの案件はお前も知ってるだろ?」
「名倉課長の娘さんの件ですよね。確か、流雲昌子さん」
「女難がやべぇなアイツも。まぁ陸が担当してるし大丈夫だろ」
「私の方でも気にかけておきます」
「あんまり、ケンゴを甘やかすなよ?」
「ふふ。課長にも言える事です」
そう見えるか? ええ。と二人が会話をしていると、陸がオフィスにやってきた。
「獅子堂課長」
「ん? おー、陸。どうした?」
陸はオフィスを一度見回してから獅子堂に問う。
「……鳳さん。まだ来てないんですか?」
「ん? アイツは今日は休みだ。さっき連絡があってな」
「連絡が?」
「どうしたの? 何かあったの?」
陸の様に鬼灯が尋ねる。
「こっちから鳳さんに連絡がつかないんです」
「……仮病で会社を休むってこんな感じかな」
公衆電話から会社へ休みの連絡をしたケンゴは内心で謝っていた。
「……『ハロウィンズ』か。成るようになれだな」
手にある名刺に表記されたグループ名を呟くと、受話器を置き電話ボックスを後にした。