第163話 インセクト
文字数 2,070文字
大宮司の存在は良くも悪くも気を引き締める結果となり、サボるもふざけるもなく、粛々と作業に没頭する。
「意外と多いわね」
「だね」
ヒカリとリンカは意外と多い側溝のゴミを回収しながら、少し汗ばんだ額を拭った。
男性陣はゴミステーションの回りを掃除している。
「意外ね! 谷高さん! こう言うことはあまり乗り気じゃなさそうだけど!」
ちょくちょく生えている雑草を抜いている水間が話しかけてくる。
「それ偏見よ。昔から、お節介なお兄さんと一緒にボランティアに行ったり、虫取りとか行ってたし」
ヒカリは別に潔癖と言うわけではない。直射日光が苦手なだけで、アウトドア少女なのだ。
「今もなんかやってるんだっけ?」
「普段からルームランナーで走ってるわよ。筋肉がつかない範囲にだけど」
昔からの習慣でもあるらしく、ヒカリは室内運動で身体を鍛えている。モデルをやる身として心身ともに引き締まった生活は日常的だ。
「そ、それか! くっ! 昔からの積み重ねの差! 私が負けた原因!」
「陸上と水中じゃ、使う筋肉が違うでしょ……」
「それでも谷高さんの方が上なのは変わりないわ! 基礎身体に差はないとすればフォームの効率性……見直さなければ……くっ! 今日の部活は陸上トレーニングだった!」
うぐぅぅ、と悶える水間にヒカリは嘆息を吐き、リンカは苦笑いを浮かべる。
「あっちは……」
掃き掃除をしている鬼灯と徳道に視線を向ける。鬼灯から声をかけられる度に徳道は、ひゃい! と驚いた様な返事をしていた。
鬼灯先輩、意外とお喋りだからなぁ、とリンカは二人の様子は問題なさそうだと見る。
「ひ!?」
側溝の角に詰まったゴミを動かした拍子に、影に隠れていたバッタが脱出の大ジャンプを決める。
水間はソレに驚き、パシッとリンカはバッタを空中でキャッチした。
「脅かしちゃったか」
さようなら、と近くの草むらに逃がす。
「さ、鮫島さん! 貴女は平気なの?」
「何が?」
「インセクト」
何故英語?
「まぁ、普通にゴキブリとかは○すけど」
「リン、G行けるの? わたしはアレダメだなぁ」
「不快だし、スリッパとかゴキジェットで確実にね。まぁ……母がダメだから。あたしがやらないと」
「やだ男前……付き合ってください!」
「浅い告白だなぁ」
ヒカリの冗談に突っ込みを入れるリンカ。
すると、チャイムが鳴った。五限目の終了で作業は一旦中断。六限目まで休憩となる。
「各自で休憩してくれ。戻ったらそのまま作業を再開する形で頼む」
場を取り仕切る大宮司の言葉に全員が従った。
「ん?」
トイレや水分補給やらを済ませて早めに裏庭に戻ったリンカは何やら木を見る大宮司の姿を確認した。
「大宮司先輩、どうしたんですか?」
「鮫島か。休憩は良いのか?」
「特にやること無いので早めに戻りました」
何を見てるんだろう? とリンカも大宮司の視線を追うと、そこには一匹の猫が木の上に居た。
「恐らく、塀の近くの枝から入ったんだろう。どうしたもんか」
「ジャックだ」
「知ってる猫か?」
木の上には赤羽さんの飼い猫のジャックがこちらをじっと見ている。
「はい。アパートの大家さんの飼い猫です」
「何とか出来ないか? 校舎まで入ると騒ぎになるし、夜の戸締まりで閉じ込められるかもしれん」
「ジャックは賢いんで多分大丈夫です。しれっと帰ってると思います」
「なら良いんだが」
「先輩って猫派です?」
まだ休み時間なので、時間を潰すつもりで話題をふる。
「特にと言うのは無いな。犬も猫も両方飼ってるし」
「え? そうなんですか!? 種類は?」
「ゴールデンレトリバーとラグドールだ。仲は良いぞ」
「いいなぁ。あたしはアパートなので、個人的には飼えないんですよ。まぁ、ジャックが居るので困ってはいませんが」
「あー、ならウチに見に来るか?」
大宮司は自然な流れでリンカを誘う。動物をダシにした昔ながらの鉄板な誘い口である。
「いいんですか?」
「ああ。だが、そっちの時間は大丈夫か?」
「先輩のお宅って学校に近いんでしたっけ?」
「徒歩圏内だ」
「じゃあ放課後に少しワンちゃんと猫ちゃんの様子を拝見してもいいですか?」
「あ、ああ。俺は構わないが……」
「やった。じゃあ放課後に正門で」
と、授業開始の合図が鳴ると同時に他のメンバーが戻ってきた。
「楽しみにしてますね」
リンカはそう言うとヒカリ達と共に作業へと戻った。
「嬉しそうね。大宮司君」
「ほ、鬼灯!? いつから居た!?」
「ついさっき」
「……聞いてたか?」
「聞かれて困る事でもあったの?」
「い、いや。無いが」
「そう。それと貸してた数学のノートを返してくれる?」
「あ……悪い。今日は数学が無かったから意識してなかった」
「私もさっきまで忘れてたからそれは良いわ。取り行けば問題ないから」
「今日……か?」
「ええ、今日よ。問題ある?」
「いや……ない」
それじゃ放課後ね、と相変わらず無表情で淡々と会話をこなした鬼灯は掃除へ戻っていく。
恐らく狙っての事ではないのだろうが……大宮司からすれば間が悪いと思わざる得なかった。